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世界で最も偉大なるジャンキーとポルノの帝王の物語

古書サンエー 山路 和広

 男色でジャンキー(麻薬中毒者)、おまけに妻殺し。異端のアメリカ作家と、パリの前衛出版の問題児との出会いによって創られた20世紀アメリカ文学の傑作、ウィリアム・バロウズのオリンピア・プレス版「裸のランチ」。通常、消耗品的に読まれるペーパーバックにカバーがつくことは稀だが、この本には当時バロウズの“恋人”でもあった画家のブライアン・ガイシンの書道のようなアートワークによるカバーが施され、この点にアメリカの出版社にはないエスプリが感じられる。カバーを外すと、シリーズで統一された深い緑に白と黒で縁取られた装丁の裏表紙に「NOT TO BE SOLD IN U.S.A. & U.K.」の文字が。パリで作られたのに、英語で書かれ、しかも英米で売るなというなんとも風変わりな本である。

 良家に生まれ、ハーバード大卒という肩書きがありながら、麻薬に溺れ、挙げ句の果てに、過失とは言え妻を射殺し、保釈中のメキシコからモロッコに逃亡した異色の作家、ウィリアム・バロウズは、第二次大戦後の高度成長期に物質主義、大量消費主義の価値観からドロップアウトしていった。50年代のアメリカ文学の潮流、ビート・ジェネレーション(その後のヒッピー運動、カウンターカルチャーの原型)の代表作家でありながら、人間の内面的な充足を求めて禅やインド思想に傾倒していった他の代表的な作家ギンズバーグやケルアックらとは作風も経歴も違い、その存在は最も異端的である。

 一方、オリンピア・プレスのモーリス・ジロディアスは、ポルノ本を量産する傍ら、もうひとつの看板商品である「トラヴェラーズ・カンパニオン・シリーズ」で当時、アメリカやイギリスで出版するのが難しかった作家たちの作品を世に放っていった。1953年設立時に、ヘンリー・ミラーの「プレクサス」とともに、サド、アポリネール、パタイユの翻訳を出版し、のちにフランス当局により発禁処分となる「O嬢の物語」やナボコフの「ロリータ」が生まれた。これらのシリーズは旅行者をはじめ、当時ヨーロッパに駐留していたアメリカ兵や船乗りに人気を誇り、こっそり持ち込まれたロンドンやニューヨークの地下本クラブでは何倍もの値段で取引されたそうだ。

 1959年、モロッコでポール・ボウルズとの日々を送っていたバロウズの「裸のランチ」の原稿がギンズバーグらの協力によってパリのジロディアスの元に届き、シリーズに20世紀最大のドラッグ文学作品「裸のランチ」が加えられる。その後60年代に入り「ソフトマシーン」「爆発した切符」と計3冊のペーパーバックがオリンピアから出版された。

 ジロディアスは通常このシリーズの本を各5000部作ったという。たかが日本で言うところの文庫本だけれど、今の大量生産、大量消費される本にはない、書き手、作り手の情熱とこだわりが感じられるこのシリーズをすべて並べてみたいものだ。

東京古書組合発行「古書月報」より転載
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