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古書月報 編集後記 2003年4月号より

東京古書組合 機関誌部

◆新時代の風景◆

春の日ざしのなか駿河台下を散歩すれば、建築中の古書会館の風景が見えてくる。
工事は進み、すでに六階まで出来上がったそうだ。
都会の一風景として眺められている建物が、いよいよ現実のものとなる時がやってきた。
機関誌部では今号を含めて三回にわたって「東京古書会館・竣工記念特集」を組むこととなった。
今回は、未来にむけた夢の新会館。
次回は、現実となる会館、何が変わり何ができるのか具体的事柄を各部会から報告していただく。
最終は、竣工祝賀会、展示会の模様をビジュアルに、くわえて回顧展望の座談会などで結ぶ。ある著名な建築家は、快適さや便利さを求める建物を否定はしない、だが建物というものは、住む人間に直接に関わってくる“生き物のようなものだ”といっている。新会館といい、古書の日といい新しい時代の予感を想う。

◆蔵の中の幻影城◆

「江戸川乱歩展」を見る。

永遠の開かずの間、乱歩“蔵の中の幻影城”の扉がはじめて開かれた。
とはいっても展覧会のことである。
池袋にある乱歩邸の書斎でもあった書庫蔵は、誰もが覗き見たかった噂の城である。
秘密の部屋のベールが、いままさに解かれた。

二十一個にも及ぶ自著箱には自らの作品群がぎっしり詰まっていたという。処女作「二銭銅貨」を含む第一創作集『心理試験』などの創作探偵を代表とする初期作品から、異色作『陰獣』をはじめ、『吸血鬼』、『幻想と怪奇』、『幽霊塔』、『孤島の鬼』おなじみの『少年探偵団』、『明智小五郎』そして稀覯本『江川蘭子』など輝くばかりの著作である。また華やかな表紙で飾られた戦後の仙花紙本に至っては、めったに見られない珍本がいくつか陳列されていた。これらが一堂に集まることは今までなかったことである。

そのなかで今回最も注目されていいのは、全九巻から成る乱歩自らが蒐集作成した『貼雑年譜』であろう。そこには、膨大且つ種々雑多の新聞や雑誌の切り抜き、手書きの地図や絵、書簡・短文、はては紙幣、賞状などの時代の証拠品が、四十七年間分スクラップブックにされ並べられているのだ。
日記をつけなかった乱歩は、徒然に貼り付けた自分のための備忘録だといっているが、今日の人間が『貼雑年譜』をひとたび繙くと、不思議なことに乱歩の時代“モダーン都市東京”の映像が浮かび、その主人公のひとりとして、いつのまにか歩き出している自身に気がつくのである。

そこに貼られた捨て難い、たった一枚の古き紙片が、時代を破壊し人の想像力を異常に促してしまうのか、あるいは、人はいつもどこかで何かを求めているそれがため、過剰に自己の分身を作り上げてしまうのか……。

『年譜』が作品以上の作品であるとは乱歩自身も思わなかったかもしれない。
ついでだがこの『年譜』自体にも、底に流れている乱歩の特異な性格の一端を発見するのは私だけではないであろう。

 ところで、夢野久作の代表作『ドグラ・マグラ』(昭和十年)が硝子ケースの中に端然と置かれていた。
言うまでもなく乱歩に宛てた献呈本。久作の署名本は意外にこの著書に多いことは彼の日記でわかる。
出版記念会で知人に書き与え、元の題名は「狂人の解放治療」ということもあってか、見知らぬ精神病院にも署名して送ったりしている。すでに全集を出し作家として充実している乱歩に、初めての大作『ドグラ』の単行本を贈った久作の心境はどんなものであったろう。
また贈られた乱歩も、デモーニッシュなドグラの世界をどのように夢見たのであろうか。久作、死の一年前のことである。

*表示の都合上、一部表記を新字とさせていただいております。

◆胡桃◆

河原でカラスが空高く飛び、なにやら物を落としていた。

行ってみるとそれは真っ二つに割れた胡桃の実であった。きれいに割って見事に中身を戴いている。

堅牢で容易に割れないのが胡桃だ。カラスにそんな知恵があるのか、そこで愚者は真似をする。
力いっぱい高く放り投げてみたら、七回目でやっと胡桃は河原の小石に当たって、二つに割れて転がった。

東京古書組合発行「古書月報」より転載
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