「リブロが本屋であったころ」について

中村 文孝


 それにしてもヒトの記憶(わたしだけのことなのでしょうが)というものはいい加減なもので、自分に都合のいいようにしか覚えていないことがよくわかりました。

 刊行してから、幾人かの方から名前や、事実関係の一寸したことについて「違うよ」とのご指摘を受けました。ただ指摘されたことが、こちらの記憶と照らし合わせても「そうだったのかなあ」というのが正直なところで「そうじゃない」とはっきり言えないのもつらいところで、スマンスマンといって、詫びと言い訳にします。  忘れてしまっていたものを脳みそのヒダを無理に広げて引き出すのだから、若干無理からぬ部分があるにせよ、我ながら情けなく、以後充分に年を重ねて、半ボケ状態であることを自覚することにしました。

 ところでこの本は、本屋がたかが本屋でしかなく、自らを書店といってしまうことに少しテレを感じた時代の話をボソボソと語っただけのものです。  他業界の小売店が経営の合理化をめざした時、本屋も遅まきながら、同様の視点を持つことに目覚めました。書店産業という言葉に象徴されたように、多店舗化と大型化にその方法をみつけたのです。  しかし、委託制と再販制に代表される出版流通に手を付けずにそれを押し進めては、いつか書店の経営に破綻がくることは当時から予測されていました。

 仕入れたものをいくらで売るかの決定が出来ない書店では、扱う商品に対する愛情と知識が枯渇していくだろうし、事前注文をしなくともとりあえず書棚を埋めるだけのものが入荷してくる書店には、スペースの賃貸業になるしか生きる道はない、とも言われていました。
 そして、今その状況が現れ始めています。

 本屋が本屋でしかなかった同じ頃、出版界に技術革新の波が起こりました。編集現場ではDTPにより経験と伝承の流れが途切れ、書店現場ではポスレジにより同様なことが起こりました。
 売るという意志よりも、売れているものを確保することに多くの労力がさかれました。つまり書店員の評価は本への愛情より、データを読み予測するだけの商品価値にしか目が向かなくなったのです。それは結果として、一部の出版社や取次に媚びることになり、代償として優遇措置をしてもらうために、彼らにとってはメリットのあるこれまでの出版流通の仕組みに、疑義をはさむことを控えるようになってしまいました。

 そして今、書店の現場は疲弊の極にあり、取次の現場には熱が消え、出版社の現場では制作と販売ノルマの達成が第一義になってしまいました。上流から下流への関係にあった出版社から書店への流れも、みんな揃って澱んだ沼にはまって首だけ出している状態になりました。振り返れば、あの時に舵を切っていたらと思いますが、いまからでも間に合うものなのでしょうか。

 新しい時代の技術を活かした新しい思いと仕組みを作り上げること。そして世に問う価値のある本が刊行され続けられるようにすること。こんな気持ちが嵩じて、ブックエンドという会社とは異なる組合組織を立ち上げて、この夏に「花森安治戯文集1」(本体価格二千五百円)を刊行してみました。
 消えてしまった本や形にならなかった本の泣き声が聴こえたことが動機ですが、消えてしまった本屋の雪辱戦の意味も込めて、刊行していくつもりでいます。  (了)

『リブロが本屋であったころ 出版人に聞く4』 中村 文孝著
 (論創社刊、定価(税込):1,680円) 好評発売中
   http://www.ronso.co.jp/

 


Copyright (c) 2011 東京都古書籍商業協同組合