『本の世界はへんな世界』

高宮 利行


先日、本書を読んだ先輩が電話をかけてきて、はなから「神保町は世界遺産に登録すべきだね」と言いました。なるほど、横浜中華街の中華料理店の数より、神保町一帯で営む新旧の書店の方が多いといわれます。ギネスブックに登録されているかどうか詳らかにしませんが、同種の店がこれだけ集まっている地域は、世界広しといえどもここしかありません。しかもこれら書店の中身を知ると、さらに驚かされます。能の謡本、戦争関係書、音楽、演劇、豆本などに特化した専門店から、高いビルの総合書店まで、内容も規模もさまざまです。そして、これらの書店の活動を、和漢書だけでなく、ナポレオンにも、ゲーテにも、シェイクスピアにも造詣の深いコレクターや愛書家が支えているのです。こういったユニークな書物文化を育んできた神保町は、たしかに世界遺産にふさわしいのではないかと考えられます。

さて、本書はここ15年ほど、国際学会や国際プロジェクトの際に出かけた欧米の都市で、古書店員や図書館員や大学人と交わって得た知遇や、洋古書との邂逅について得た体験をつづったエッセイ集です。私の専門は中世英文学や西洋書誌学ですが、英米で培ったネットワークはより広範囲にわたっていますので、これを利用した「古書を訪ねて三千里」の記録だとお考えください。

本書冒頭に元気な神保町の姿を例示したように、私の古書体験もそこを起源にしています。忙しい中を縫って、書店や古書会館に足を踏み入れると、図書館とはいささか雰囲気の異なる書物文化を味わうことができます。学生たちを連れて古書ツアーを実施する場合があります。授業を休まなければならない場合に、フィールドワークと称する書物体験をしてもらい、これはと思う戦果を翌週の授業で紹介してもらうこともあります。

その結果、週に一度は神保町を逍遥する学生も現れて、廉価な良書を入手する若者も増えてきました。もちろん、ネットや古書目録を利用することも教えます。しかし、古書はやはり現物を手に取る必要がありましょう。

どのページからでも結構です。本書を一読すれば、愛書家それぞれの本の見方にお役にたつことがあるかもしれません。まずは「世界遺産候補」神保町に足を運びましょう。書店も、喫茶店も、餃子やインドカレーがおいしいレストランも待っていますから。街頭に無造作に晒された廉価本の箱の中から宝物が見つかるかもしれません。もっとも、少しの時間と我慢強さが必要かもしれませんが。




『本の世界はへんな世界』高宮 利行 著
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