『S先生のこと』

尾崎俊介


 「須山静夫先生のことを本に書いた」と人に言うと、「フラナリー・オコナーの作品は須山訳で読みましたよ!」とか、「フォークナーの『八月の光』は冨山房の須山訳で読みました」といった反応が返ってくることが多い。須山静夫先生のお名前は、世間一般からすればあまり有名ではないかも知れないが、一部の本好きの間では依然として熱烈に支持されているところがあるのだろう。時に「伝説の翻訳家」などと紹介されることがあるのもよく分かる。

 無論、いたずらに須山先生を神格化するつもりはない。しかし、翻訳家としての須山先生の姿を間近に見てきた経験からして、先生の翻訳に賭ける情熱は、確かに「伝説」のカテゴリーに入るものだったのではないかと思うことがある。

 例えばハーマン・メルヴィルの晩年の大作『クラレル』。原著で500頁に及ぶこの難解な長詩を15年という長い年月を掛けて本邦初訳された時、須山先生は、3種あるテキストを注まで含めてすべて参照し、本作品に少しでも言及している研究書をことごとく読破されたばかりか、舞台となっているイスラエルに二度まで足を運ばれ、主人公である神学生クラレルが作中で歩いたその道をご自身の足で歩まれた。そういう詳細を究めた下調べを当然のごとく済まされた上で、1万8千行になんなんとする詩の一行一行を、それこそメルヴィルがこれを綴った時と同じ気持ちにならんと努めながら、珠玉の日本語に移し替えて行かれた時の先生の峻厳さと気迫は、先生の穏やかにも見える外見を内側から突き破って燃え出すかのようだった。

 だが、そこまでの峻厳さ、そこまでの気迫を込めて須山先生が翻訳に、研究に、邁進されたのは、「それが先生のご気質だったから」と言って済まされるものではなかったのである。

 若き日に最愛の奥様を病気で失われたこと。そしてその奥様との間にもうけられたご長男を、長じてから交通事故で失われたこと。掛け替えのないお二人を、お二人とも奪われた須山先生の心には、埋めようもない暗黒、「神の残した黒い穴」が大きく口を開いていた。先生の過酷な生涯は、この絶対の暗黒の中を、狂気に落ちる誘惑と戦いながら歩まれた軌跡であり、先生の翻訳も研究も、すべてこの暗闇から抜け出すための、否、この暗闇の果てを見極めるための必死のもがきだったのだ。

 本書『S先生のこと』は、先生の苦悩に満ちたご生涯のごく一部を、ただ傍で見守るしかなかった不肖の弟子が、せめてその一部だけでも語り継ぐべく書き上げた、「アメリカ文学者・須山静夫」の墓標のようなものである。

 須山静夫という名前に聞き覚えのある方はもちろんのこと、「愛する者を失った時、人はどう生きるべきか」という問いに一度でも触れた経験のある方すべてに本書を読んでいただきたい。そして「S先生」が苦悩の果てに選び取られた生き方が如何なるものであったか、知っていただきたい。

 そしてそれを知った時、読み手一人一人が何を思い、何を考えるか――。この本の著者として、私はそれが知りたい。




 『S先生のこと』 尾崎俊介 著 
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