古書展の初日は出先つくる術(すべ)

小沼和典


わたしは神田のとなり町にある会社で営業職に就いています。勤務中、外回りと称して即売展をのぞくのが趣味です。
題に引いたのは、古書上野文庫の中川道弘氏による川柳です。中川氏の『古書まみれ』では、ほかにも古本好きのサラリーマンが「あるある」と膝を打つ作品が掲載されています。

古本は駅で預けて今日も帰社
古書店へ来るも激務の一つなり
日誌には古書店めぐり抜かし書く

性に合う本屋さんがでる即売展の初日は、いつもより早く出勤し、勤務開始時間まえに雑事をすませ(感心だねと言われる)、開場の十五分前には古書会館へ着けるようこころがけています。
買いすぎた本がカバンに入りきらないときは、川柳よろしく駅のロッカーへ預けたり、会社の室外機の陰に隠し、帰宅時に回収します。

以下、苦労しながら(?)即売展で入手したブツをいくつか紹介します。

1.「安藤徳器 送別会」の芳名帳
小型の折帖。安藤は主に歴史よみものを手がけた作家です。送別会は、1940年ごろの北京で催され、安藤と親交のある連中が別れの言葉を寄せています。
魯迅の弟周作人、周と同じく知日派の銭稲孫、村松梢風などのメンツです。ほかにも、日本軍占領下の北京で働いていたと思われる人たちが、日本人中国人とわず大勢集まったようです。
また、安藤は汪兆銘の自伝を邦訳しており、芳名帳の人脈とあわせて、大陸に太いコネクションを持っていたことがうかがえます。
周作人の肉筆と印があるにもかかわらず値段は千円でした。本屋さんがちゃんと見ていなかったのでしょう。一年ほどまえに買いました。

2.署名入『学術維新原理日本』
戦前を代表するファナティックな思想家、蓑田胸喜の代表作です。本屋さんがつけた紙帯の背に「署名入」と書かれていたので手にとりました。しかし、署名の主は著者本人ではなく、なぜか徳富蘇峰でした。
宛先は田中蛇湖とあります。田中は浩山人・池上幸二郎の父で、池上の旧蔵書が最近、市場に流れたのだと、あとから本屋さんに聞きました。蘇峰が、人にぜひ読ませたいと考えるほど、蓑田へ関心を持っていたのだとわかります。

3.「月刊書好」 書好会同人編 昭和5-6年 17冊揃
大阪の古本屋グループによる書物誌です。業界動向、店主らの随筆や、漫画など掲載されており、全体にただようトボけた感じが楽しいです。

4.日清戦争の陣中日誌
日清戦争にともなう「台湾攻略」に出征した一兵士が陣中で記したメモを、帰国後に清書した和装の写本です。敵兵は、良民にまぎれて家屋に籠り、不意を襲う戦法をとるため、村落をすべて焼き払うといった物騒な記述が散見されます。

5.『投書投稿に強くなる本 趣味でお金のもうかる法』 昭和38年
新聞、雑誌に採用される文を書くにはどうすればいいかを説いたノウハウ本です。メルマガに書くことが決まったとき、文章力をあげるため、買って読みました。わたしの文が読みにくければ、この本のせいです。

※古本川柳は 中川道弘著『古書まみれ』(弓立社) より引用しました。


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