『改造社のメディア戦略』のリアリティ

庄司達也

 10年ほど前に始めた研究会での活動の成果をまとめた1冊です。初めに集ったメンバーのお互いの紹介で広がっていった10人は(当初は11人)、結局、10年間という時間を「改造社」という稀有のテーマを見つめる研究仲間として、共に歩むこととなりました。それぞれが主にしている研究テーマ、対象とする処から少しずつズレている「改造社」という素材、「円本ブーム」というどことなく怪しい響きのする言葉に誘われて、普段の関心事も出身大学も異なるメンバーが、資料好き、談論好き、酒(席)好きという共通項を要として、取り組んできたのです。

 そのせいか、「目次」に見られる各論の立ち姿は、それぞれに論者の個性を発揮していて、まとまりと云ったことからは、少しばかり遠い処にあるものになったようにも思われます。私は、編者の1人として関わっているなかでこのことに気付いてはいましたが、狭い意味での「文学研究」などという「場」にとどまるものではない「円本ブーム」のその一端でも解明したいということそのことが、各論の執筆者らの関心の方向性を多彩に展開させているのだと考えた次第です。まとまりを無理には持たせないことが本書の大きな魅力となり研究上にも意義を作り出すのに違いない、と云うのは、何も都合の良い言い訳を見つけただけでないことを、本書の読者はお認めくださることと思っています。

 それぞれの論を貫く共通の基盤は、この10年の間に行った全国各地での資料調査の結果と、そこで直接に得た体験であると思っています。出来る限り対象となる土地を訪ね、原資料にあたる。このことを基本的な作業として取り組んできました。

 そのような中で、今でも忘れられないのが、長崎での調査です。最近では図書館が機器の面でも整備されている関係から、大抵はマイクロフィルムなどを閲覧することになるのですが、この館では、一紙だけデジタル化がされていなかった関係から、新聞の原紙を直接に閲覧する機会を得たのです。新聞の一頁一頁から立ち上がってくる臨場感に、打ちのめされそうになりました。「円本ブーム」に曝されて、躍らされて、一翼を担った多くの人々の意識と一瞬間シンクロしたような気分になりました。この実感が、各論のリアリティを支えてくれているのだと、編者であり、執筆者の一人でもある私は、信じこそすれ疑うことはありません。

 本書には「資料編」を附しました。これは、或いは「附録」などではなく、「本篇」ともなり得るページかも知れません。多種多様な「円本ブーム」の有り様を、どうにか可視化できないものか、疑似体験をできないものかと愚考した結果が、データの掲載でした。「円本」全集はその企画の数が200とも300とも云われています。これらをどうしたら実感をもって捕まえることが出来るのか。その答えの一つが、「『全集内容見本』一覧」なのです。曖昧なものは曖昧なまま提示するべきだろうとの考えから、敢えて振り分けることをせずに、収集した資料のほとんどを採録しました。また、「メディア戦略」という観点からは、新聞紙面に掲載された「円本」広告の一部を「『東京朝日新聞』掲載『現代日本文学全集』宣伝広告紙面」として画像で示しました。全国各地で行われた講演会を一覧表にまとめるなどのことも試みました。中には調査が充分でないままに推定をして掲載した情報もあり、今後の課題としたいと思っています。

 10年前、昭和初年代に「円本ブーム」を創出した改造社を研究対象として据えることには、その絶妙なタイミングからも、大きな魅力がありました。それは、社主の山本実彦の遺族から作家の原稿などの資料が実彦の故郷の川内市(現、薩摩川内市)に寄贈されたこと、また、慶應義塾大学にも実彦の遺族から改造社の内部資料が多く寄贈され学内に研究グループが組織されたことなど、改造社研究の環境の整備が一挙に進んだという事情が大きく作用しています。そして、多くの研究者によって文学とメディアを巡る研究の進展が大きく果たされつつあった時期です。我々の研究会は、そのような時にも恵まれてこの10年間を送ってきたのだと今は強く思っています。

 研究会の発足から今日まで、多くの方々のご助力を得て勉強を進めてきました。本書が、それらの方々への感謝をお伝えする1冊ともなることを願っています。



『改造社のメディア戦略』
編者/庄司達也・中沢弥・山岸郁子
定価4935円 好評発売中
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