−日本古書通信−
掲載記事
(平成18年6月号)

 

『街の古本屋』のスタイル

 東京西荻・古書 音羽館
広瀬洋一

 

 「古書一般」特に専門分野を持たない古本屋は古書店地図にこう書いてあるものだ。当店も紛れもなくこのタイプである。15坪に満たない店内にもかかわらず、漫画、文庫から硬めの人文書までひと通りある。地元で仕入れ地元で販売するサイクルをかろうじて維持している以上、地域のニーズを反映した店づくりは欠かせない訳で、よろず屋的な品揃えは街の古本屋のスタンダードだと思う。
 だが、ただ「古書一般」ではつまらない。だから苦しまぎれによく「芸能の周辺」と答えるようにしている。これは映画や音楽はもちろん美術や思想や文学も含んだ、広く表現行為一般を扱っていますというくらいの意味である。都合の良い言葉で気に入っているが、とても専門分野ですとは言えない。
 専門分野も模索し、それを深めることの重要性に異論はないが、同時によろず屋にとってジャンルの垣根を越える感覚も磨きたいとも思う。たとえば「モダニズム」という括りで本を選んでゆく。そうすれば絵画、建築、写真などの美術書にこだわらず、洋の東西も問わず思想、科学、文学などジャンルを横断してまとめられる。テーマは豊富にあるはずだ。いつもと違う目線で棚を見直す。少しでも手持ちの在庫を活かす意味もある。たとえば現在ドイツでサッカーのワールドカップが開かれている。「日本におけるドイツ年」という記念の年でもあるから、ドイツにちなんだ本を集めるのはどうか。作曲家の伝記の隣に、メッサーシュッミットに関する戦闘機の本、ビールの本も並べられる。自分が面白がっている棚ならきっと喜んでくれる人もいるはずだ。「実は以前、ドイツじゃないがウィーンで声楽の勉強をしていた」と常連さんから打明けられるかもしれない。買取りのチャンスが生まれることもあるだろう。そういえば今年は「モーツァルト・イヤー」でもある。こんな地道な取り組みこそ、これからの人気商品の発見につながってゆく気がする。
 横尾忠則や寺山修司は10年前も人気があった。けれどあの時今の「絵本」ブームが来るとは全然わからなかった。しかし当時から売れ筋の70年代のイラストやサブカルチャーの流行を注意深く眺めていたら、おのずと宇野亜喜良や和田誠たちが深くかかわってきた「絵本」の豊かで多様性のある魅力により早く気付くことが出来たかもしれない。まあこれは現在から見てはじめて言えることなのかもしれないが… まさか「ゴジラ」が世界中で戦後日本の生み出した最も魅力的な映像キャラクターと認められているとは、当時誰が予測できただろうか?
 いささか話が思いがけない方向に向かってしまった。編集部の「人気商品の先取りは可能か?」という設問だったのだ。最後に「人気商品の流れに乗るべきか避けるべきか」という設問。これも「街の古本屋」の視点から考えると、乗るべき時は乗り、避けるべき(乗れない)時は避ける(無理しない)と答えておこう。まことにはっきりしない態度に違いないが、このいい加減さこそ「街の古本屋」のしたたかさ。人と時代に寄り添いながらなんとか切り抜けてゆくしかないだろう。

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