−日本古書通信−
掲載記事
(平成18年7月号)

 

パソコンの中の
「古本市」という物語

東京早稲田・古書現世
向井透史

 

 早稲田の古本市と言えば、月に一度のビッグボックス古本市と、年に一度の早稲田青空古本市である。いきなりに、しかも参加している自分が言うのもなんなのだが、早稲田系の即売会(特にビッグボックス)は新しい本が多いので、「古書通信」をお読みのような、昔ながらの古書ファン層には物足りないのではないかと思う。かつては黒っぽい本も多い即売会だったのだが、今はひたすら白い。早稲田の本屋は市場を利用する人間が少ない。かつてのチリ紙交換からの買い入れの延長で仕入れるもの、出版社や著者からの比較的新しい不要本の買い取りなどだけで仕入れる店が多いのだ(よく棚を見れば市場で買っている店の棚とは全く違うのが解るはずだ)。要は、そういうところが黒っぽい本を出さなくなったのだ。ある意味、時代を映す鏡のようなところがある。これは詳しく話すと長くなるのでこのへんでやめておく。なので、現在の早稲田系古本市は、いかに一般層を呼ぶかが勝負となっている。特に、もう一つの定番古本市である青空古本祭などは、経費もかかっているので失敗は許されない。マスコミが取り上げてくれれば良いのだが、それも確実ではない神頼みのような話だ。ところがここ数年、これはいいんじゃないかというメディアに出会った。昨年の青空古本祭では、かなり効果を実感できた。それは「ブログ」というものである。
 「ブログ」という言葉もだいぶ浸透してきたのではないだろうか。「ブログ」というのは「ウェブログ」の略称で……と書いてはみたものの、その「ブログ」をやっている筆者も詳しいことはわからなかったりする。簡単に言えば、インターネット上で簡単に公開できる日記である。以前は、ある程度のパソコンの知識がないとネットで発言はできなかった。ちょっと詳しい人は「難しくないよ」と言うのだが、正直なところ自分にはとうていできそうもない世界だった。ところが、「ブログ」の登場でそれが変わった。基本型は各会社が作ってくれていて、どの会社の型でやるかは個人の自由。銀行を選ぶようなものである。そしてお金はかからない。最低限のパソコンの知識があればできる、そんな感じなのだ。「やってみようかな」、それから三十分後には筆者のブログ「古書現世店番日記」は始まっていた。いや、本当に簡単だ。うちはホームページも無かったし、なんだか嬉しかった。
 始めようとしたきっかけ、それは即売会の宣伝についてだった。早稲田古書店街ではメールマガジン(登録してくれたお客様にメールで情報を送るシステム)「早稲田古本村通信」を発行しており、即売会の日程などを配信していた(読者数は約千五百人)。しかし、効果が無いことはなかったが、なにか爆発感がなかった。何かを伝えきれていない感じがした。それを感じたのは、テレビで回転寿司の開店ドキュメントを見た時だった。「わざとらしい」と思うところもあったが、開店までの過程を見せられると、ちょっと行ってみたい気持ちも起きたのだ。やはり「物語」は強いなと思った。即売会の準備の過程を知らせることができたら。目録の製作過程、本の準備、会議の様子、備品の用意、テントの立ち上げ、搬入作業。約5ヶ月近い準備期間を公開してみた。ブログをはじめて二年目にあたる昨年の古本祭は、遠くからもたくさんの人が足を運んでくれた。体型に特徴があるので、すぐに判るのか、やたらと声をかけられる。一週間、途切れなく続いた。「見てますよ」。来場してくれた人がブログをやっていれば、そこからまた違う「物語」がはじまっていく。ネット上で見た自分も参加できる「物語」が、次々に連鎖していくのだ。何か、お客さんと本の売買だけでない、新しい関係が始まったような気さえする。もちろん、「本の質」で勝負するのが本道だとは思うが、中小古書店にはなかなかつらい。今は、かつてあったお客さんとの「帳場での会話」の、新しい形ができていくような雰囲気がある。今年の古本祭もあと数ヶ月。孤独だった値札貼りの作業も、今は「人との会話」になりえる。今年はどんな物語が待っているのだろうか。

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