雑司ケ谷霊園に眠る著名人

本リストは、豊島区教育委員会教育総務課文化財係編『豊島区の霊園・寺院を訪ねて 墓石探索マップ』から、雑司ケ谷霊園関連部分を抜き出し、若干の修訂を加えたものである。
没年月日・享年は、同上冊子に基づき、享年が欠落していた川口松太郎・川口浩両氏については独自に補った。享年については、満年齢か数え年かの追調査をしていないので、注意を要する。補ったものについては満年齢で計算してある。
新たに追加したものは、福永武彦・村山知義・福田栄一・池田菊苗・田鎖綱紀・伊藤長七・物集高量・井上哲次郎・中川一政の九氏の項目である。

平成20年4月14日現在詳細未記載 福原麟太郎・岡本潤・嵯峨屋お室・武島羽衣・飯沢匡・瀬沼夏葉・茅野雅子・茅野蕭々・ベトナムの王子クォンデ・北村寿夫・いソノてルヲ             

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氏名()墓碑の位置職業没年月日(享年)事績
愛知揆一(あいちきいち)1-1-10政治家昭和49年(1974)11月23日(66歳)文部大臣、大蔵大臣、外務大臣を歴任。沖縄返還にも心血を注いだ。
安部磯雄(あべいそお)1-1-10社会運動家昭和24年(1949)02月10日(83歳)キリスト教社会主義者。早大野球部の創設者でもあり学生野球の父といわれた。
安藤鶴夫(あんどうつるお)1-19-4演劇評論家昭和44年(1969)09月09日(60歳)本名 花島鶴夫。歌舞伎・文楽・落語など古典芸能の評論家。小説も書いた。
池田菊苗(いけだきくなえ) 化学者昭和11年(1936)05月03日(72歳) グルタミン酸ナトリウム(味の素)の製法を確立した。ロンドン留学中の漱石と同部屋。
伊澤修二(いざわしゅうじ)1-10-8教育者大正6年(1917)05月01日(67歳)日本の音楽教育の基礎を築き上げた。師範教育、聾唖教育、吃音矯正に従事。
伊沢多喜男(いざわたきお)1-14-12政治家・内務官僚昭和24年(1949)08月13日(79歳)和歌山、愛媛、新潟の各県知事。警視総監、台湾総督、東京市長を歴任。
泉鏡花(いずみきょうか)1-1-13小説家昭和14年(1939)09月07日(67歳)尾崎紅葉の門下。神秘的・浪漫的世界を展開。「湯島詣」「高野聖」など。
いずみたく(いずみたく)1-5-34作曲家平成4年(1992)05月11日(62歳)本名 今泉隆雄。「夜明けのうた」「恋の季節」「見上げてごらん夜の星を」
市川左団次(いちかわさだんじ)(3代)1-8-17歌舞伎俳優昭和44年(1969)10月03日(71歳)本名 荒川清。芸域が広く、戦後の歌舞伎界において後進の指導に尽くした。
市川門之助(いちかわもんのすけ)(6代)1-8-17歌舞伎俳優大正3年(1914)08月10日(53歳)田舎芝居から九世団十郎に入門、女らしい女形だとうたわれた。
市川門之助(いちかわもんのすけ)代々1-8-17歌舞伎俳優享保14年〜(1729〜)正徳・元禄期から明治後期の荒川清太郎まで六代続く。→参照
市原盛宏(いちはらせいこう)1-9-7銀行家大正4年(1915)10月04日(58歳)朝鮮銀行初代総裁、横浜市長などを務める。渋沢栄一に従い欧米各地を視察す。
市村羽左衛門(いちむらうざえもん)(15代)1-15-2歌舞伎俳優昭和20年(1945)05月06日(72歳)風姿と台詞まわしに優れ、立役の名優として一世を風靡した。
伊藤長七(いとうちょうしち) 教育者

昭和5年(1930)

東京府立第五中学校(現 東京都立小石川高等学校)初代校長。
井上哲次郎(いのうえてつじろう)1-19-6哲学者昭和19年(1944)12月7日(88歳)明治に活躍した哲学者。東京帝国大学教授。ドイツ観念論を講じた。帝大英語講師小泉八雲を解任、後任に夏目漱石を据えた。号は巽軒(そんけん)。
今村紫紅(いまむらしこう)1-8-7日本画家大正5年(1916)02月28日(37歳)松本楓湖に師事した。日本美術院・紅児会・巽画会・国画玉成会などに参加。
岩瀬忠震(いわせただなり)1-1-8幕臣文久元年(1861)07月11日(44歳)幕府の目付・外国奉行など。開国論者で日米修好通商条約の締結に努める。
岩野泡鳴(いわのほうめい)1-20-12小説家・評論家大正9年(1920)05月09日(48歳)浪漫主義の詩人から、自然主義の小説家へ。晩年は評論で日本主義を主張。
江戸屋猫八(えどやねこはち)(初世)1-西6-3物まね芸人昭和7年(1932)04月06日(65歳)客との葦舌を交えたかけあい、こっけい問答で人気があった。
大井憲太郎(おおいけんたろう)1-16-3社会運動家大正11年(1922)10月15日(80歳)自由民権運動を推進し、自由党結成後は左派として活躍。
大川橋蔵(おおかわはしぞう)1-1-13俳優昭和59年(1984)12月07日(55歳)テレビ時代劇「銭形平次」が当たり役。舞台でも多くのファンを集めた。
大熊氏広(おおくまうじひろ)1-8-5彫刻家昭和9年(1934)03月20日(79歳)銅像制作に力を注いだ彫刻家。文展(現在の日展)審査員を務めた。
大下藤次郎(おおしたとうじろう)1-1-12水彩画家明治44年(1911)10月10日(42歳)水彩画の研究団体春鳥会をつくり、雑誌「みずゑ」を創刊した。
大須賀乙字(おおすがおつじ)1-16-9俳人大正9年(1920)01月20日(40歳)雑誌「アカネ」のち「人生と表現」を創刊。俳論家としても業績を残した。
大塚楠緒子(おおつかなおこ)1-1-11詩人・小説家明治43年(1910)11月09日(36歳)長詩「お百度詣」は女性の立場から戦争に抗議したものとして有名。
大町桂月(おおまちけいげつ)1-9-5評論家・詩人大正14年(1925)06月10日(57歳)博文館に入社し、評論を書き美文家として知られた。晩年は紀行文も書いた。
尾形月耕(おがたげっこう)1-東6-3浮世絵画家大正9年(1920)10月01日(62歳)通称 田井正之助。新開・雑誌の口絵・挿絵に当世風俗を描いた。
小川笙船(おがわしょうせん)1-5-4医者宝暦10年(1760)06月14日(89歳)江戸中期の町医者。「小石川養生所」創設者。「赤ひげ」のモデルとなった。
荻野吟子(おぎのぎんこ)1-5-23医者大正2年(1913)06月23日(63歳)日本で初めての政府公認の女医。本郷湯島に産婦人科医院を開設した。
小栗忠順(おぐりただまさ)1-4B-5幕臣明治元年(1868)04月05日(42歳)通称 上野介。陸軍・勘定奉公等を歴任した後、徳川埋蔵金問題絡みで処刑。
押川春浪(おしかわしゅんろう)1-20-3小説家大正3年(1914)11月16日(38歳)日露戦争前後に空想冒険小説を書き活躍した。キリスト教教育者押川方義の息子。
落合直澄(おちあいなおずみ)1-4B-3国学者明治24年(1891)01月06日(52歳)幕末・明治期の国学者。大教正、皇典研究所講師となる。
鬼あざみ清吉(おにあざみせいきち)1-8-5盗賊文化2年(1805)06月29日(30歳)河竹黙阿弥作「小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)」のモデル。
尾上菊五郎(おのえきくごろう)(6代)1-17-19歌舞伎俳優昭和24年(1949)07月10日(63歳)中村吉右衛門と共演して菊吉時代を作った名優。芸域の広い名優であった。
尾上梅幸(おのえばいこう)(6代)1-15-2歌舞伎俳優昭和9年(1934)11月08日(65歳)五世菊五賂の養子。容姿にすぐれ、女形で生世話物を得意とした。
柏井園(かしわいえん)1-8-9牧師大正9年(1920)06月25日(51歳)「文明評論」を創刊し、評論等を発表。日本のキリスト教神学の確立に努めた。
片倉元周(かたくらげんしゅう)1-8-18医者文政5年(1822)09月11日(72歳)産科の技術に優れ、実地診療とともに後進の指導に努めた。
加藤弘之(かとうひろゆき)1-4B-3啓蒙学者大正5年(1916)02月09日(81歳) 初めて天賦人権論を主張したが、転向し社会ダーヴィニズムを説く。
金子馬治(かねこうまじ)1-1-9哲学者・文学者昭和12年(1937)06月01日(68歳)理想主義・文化主義の立場で、欧米新思想の紹介と評論活動を行なった。
神尾光臣(かみおみつおみ)1-16-2軍人昭和2年(1927)02月05日(73歳)隆軍大将。日露戦争旅順攻略歩兵22旅団長。第一次大戦青島攻囲軍司令官。
川口浩(かわぐちひろし)1-16-10俳優昭和62年(1987)11月17日(51歳)青春映画でヒットし、結婚後実業界へ。テレビの探検もので知られる。
川口松太郎(かわぐちまつたろう)1-16-10小説家・劇作家昭和60年(1985)06月09日(85歳)第一回直木賞。映画・演劇でも活躍。映画「愛染かつら」が有名。
川本幸民(かわもとこうみん)1-2-1蘭学者明治4年(1871)06月01日(62歳)三田藩の侍医・蕃書調所教授。銀板写真に成功する等西洋理化学の紹介に尽力。
北村寿雄(きたむらとしお)1-17-19小説家昭和57年(1982)01月03日(86歳)「笛吹童子」の著作者。連続ラジオドラマで日本中の子供たちの人気を博した。
喜多村緑郎(きたむらろくろう)1-5-28新派俳優昭和36年(1961)05月16日(89歳)泉鏡花と親交を深め、彼の作品を上演し鏡花役者といわれた。
金田一京助(きんだいちきょうすけ)1-22-5言語学者昭和46年(1971)11月14日(89歳)アイヌ研究の第一人者。多くの辞書の監修者としても知られる。
窪田空穂(くぼたうつぼ)1-9-8歌人・国文学者昭和42年(1967)04月12日(89歳)「明星」に詩歌を発表。現実主義的作風を示す。古典の評釈、研究書も多い。
ラファエル・ケーベル(らふぁえる・けーべる)1-東6-2哲学者・音楽家大正12年(1923)06月14日(76歳)ドイツ系ロシア人。東京帝国大学で西洋哲学、東京音楽学校でピアノを教えた。
小泉八雲(こいずみやくも)1-1-8小説家・英文学者明治37年(1904)09月26日(55歳)本名 ラフカディオ・ハーン。イギリス人。欧米に日本の真姿を伝えた。
斎藤百合(さいとうゆり)1-16-12教育者昭和22年(1947)01月17日(55歳)本名 小つる。昭和初期に雑司が谷で、女性視覚障害者の教育に生涯を捧げた。
佐々木古信(ささきひさのぶ)1-4A-1歌人・技術者明治32年(1899)11月08日(74歳)長州萩藩士。歌道に才能を見せた。また、日本の兵器発達に力を尽くした。
サトウ ハチロー(さとう はちろー)1-5-25童謡作家昭和48年(1973)11月13日(70歳)詩人で童謡・歌謡曲の作詞も行なった。「リンゴの唄」「ちいさい秋みつけた」
佐野利器(さのとしたか)1-西6-8建築学者昭和31年(1956)12月05日(76歳)耐震構造学の研究者。日本最初の本格的鉄骨構造建築である丸善の設計をした。
塩田広重(しおたひろしげ)1-14-8外科医学者昭和40年(1965)05月11日(91歳)日本医科大学学長。塩田外科の名声は高く、多くの有名人の治療にあたった。
島村抱月(しまむらほうげつ)1-16-2劇作家・評論家大正7年(1918)11月05日(48歳)「早稲田文学」を復刊し主幹となり、自然文学主義文学理論の確立に努めた。
白井喬二(しらいきょうじ)1-17-3小説家昭和55年(1980)11月09日(91歳)本名 井上義道。戦前の大衆小説を代表する「富士に立つ影」の作者。
白鳥庫吉(しらとりくらきち)1-8-12東洋学者昭和17年(1942)04月01日(78歳)東洋学研究の推進に大きな功績を残す。門下から多数の東洋哲学者を輩出した。
田鎖綱紀(たくさりこうき)1-12-2 昭和13年(1938)05月03日(85歳)日本速記術創始者。伊藤博文から「電筆将軍」の称号を贈られ、自作の戒名は「日本文字始而造候居士(にほんもじはじめてつくりそろこじ)」。
竹田敏彦(たけだとしひこ)1-8-36小説家・劇作家昭和36年(1961)11月15日(70歳)新聞記者を経て新国劇文芸部長になる。また家庭小説・風俗小説を書いた。
武林無想庵(たけばやしむそうあん)1-1-4小説家・翻訳家昭和37年(1962)03月27日(82歳)小山内薫らと「七人」を創刊。小説・戯曲を発表。のち渡欧し漂泊生活を送る。
竹久夢二(たけひさゆめじ)1-8-9抒情画家昭和9年(1934)09月01日(51歳)眼の大きな夢二式美人画で名声を得た。「宵待草」など詩も作った。
千葉定吉(ちばさだきち)1-西6-5剣客明治12年(1879)12月21日千葉周作の弟。周作を補佐し、北辰一刀流興隆に尽くす。坂本竜馬の剣術の師。
綱島梁川(つなしまりょうせん)1-1-2哲学者・評論家明治40年(1907)09月14日(35歳)本名 綱島栄一郎。「早稲田文学」などの編集、文芸評論、倫理学研究を行なう。
東儀鉄笛(とうぎてってき)1-1-1音楽家・俳優大正14年(1925)02月04日(57歳)本名 東儀季治。早大校歌「都の西北」などを作曲。新文芸協会を起こした。
東郷青児(とうごうせいじ)1-15-19洋画家昭和53年(1978)04月25日(80歳)甘美で幻想的・装飾的な女性像を追求し続けた。二科会会長を務める。
東条英機(とうじょうひでき)1-1-12軍人・政治家昭和23年(1948)12月23日(63歳)中国戦線拡大を主張。首相となり独裁的傾向を強め戦後軍事裁判で絞首刑となる。
永井荷風(ながいかふう)1-1-7小説家昭和34年(1959)04月30日(79歳)自然主義より反自然主義に転向。反自然主義・耽美派の代表的作家として活躍。
中川一政(なかがわかずまさ)1-17-19洋画家平成3年(1991)2月5日(97歳)独学で多彩な作品を制作。自ら「在野派」と称した。名随筆家としても著名。書籍の装画、装丁も多い。昭和50年文化勲章受賞。
中島力造(なかじまりきぞう)1-16-11倫理学者大正7年(1918)12月21日(61歳)イギリスの新カント派の倫理学を日本に紹介した。
中浜万次郎(なかはままんじろう)(ジョン万次郎)1-15-19幕臣・翻訳明治31年(1898)11月12日(72歳)ジョン万次郎。漂流しアメリカ船に救出され渡米。帰国しアメリカ文化を紹介。
中村是公(なかむらこれきみ)1-2-10官僚昭和2年(1927)03月01日(61歳)後藤新平のあと満鉄総裁となり発展に尽くす。東京市長となり震災復興に努力。
夏目漱石(なつめそうせき)1-14-1小説家大正5年(1916)12月09日(50歳)「吾輩は猫である」「坊ちやん」などで国民的大作家としての地位を確立した。
成島司直(なるしまもとなお)1-4A-6儒者文久2年(1862)閏08月02日(85歳)林述斎らと江戸幕府の歴代将軍の治績・言行を綴った「徳川実紀」を編纂した。
成島柳北(なるしまりゅうほく)1-4A-6随筆家明治17年(1884)11月30日(48歳)反政府的「朝野新開」社長のとき投獄される。文明開化の軽薄さに反発。
成瀬仁蔵(なるせじんぞう)1-17-6教育者大正8年(1919)03月04日(62歳)日本女子大学創始者。没年迄同校の発展に尽力し教養ある女性の育成に努めた。
額田晋(ぬかだすすむ)1-22-5内科医学者昭和39年(1964)09月29日(77歳)兄の豊と帝国女子医学校を創立。額田生物学研究所創設。東邦大学学長。
野添ひとみ(のぞえひとみ)1-16-10俳優平成7年(1995)05月04日(58歳)本名 川口元子。昭和30年代に大映の青春映画で活躍。代表作「くちづけ」等。
羽仁もと子(はにもとこ)1-1-10教育者昭和32年(1957)04月07日(83歳)自由学園、婦人の友社を創設・経営。徹底した自由主義の新教育を展開した。
浜田玄達(はまだげんたつ)1-2-10医学者大正4年(1915)02月16日(62歳)東大に助産婦養成所を設立。産科学・婦人科学の基礎を築いた。
林春雄(はやしはるお)1-16-9薬理学者昭和27年(1952)01月01日(77歳)薬物学を中心に研究。公衆衛生院長などをつとめる。
久松保夫(ひさまつやすお)1-15-8俳優昭和57年(1982)06月15日(63歳)幾つもの劇団を経験ののち芸能界初の協同組合を結成し俳優の地位向上を図る。
福田栄一(ふくだえいいち)1-16-4歌人昭和50年(1975)(66歳?)戦前・戦後を通じ歌壇で活躍。「思索的抒情」を標榜し、主情的で日本的もののあわれを歌い、独自の詠風を樹立した。→参考
福永武彦(ふくながたけひこ)1-12-12詩人・作家昭和54年(1979)8月13日(61歳)東京帝大仏文科にて中村真一郎、加藤周一らと文学同人「マチネ・ポエティック」を結成。長編小説『死の島』『草の花』他、フランス詩の翻訳や加田伶太郎という別名での推理小説もある。作家池澤夏樹の父。
古川緑波(ふるかわろっぱ)1-12-7喜劇俳優昭和36年(1961)01月16日(57歳)笑いの王国の結成に参加。のちに古川緑波一座を結成した。
松永和風(まつながわふう)(4世)1-15-3長唄の唄方昭和37年(1962)09月26日(88歳)美声家で有名であり、舞台・レコードで多くのファンを集めた。
松村松年(まつむらしょうねん)1-1-11昆虫学者昭和35年(1960)11月07日(88歳)「日本昆虫大図鑑」等を著し、昆虫学の普及に務めた。日本昆虫学の先駆者。
松本虎雄(まつもととらお)1-16-19小学校訓導大正8年(1919)11月20日(32歳)引率していた児童が玉川上水に溺れたのを救出したが、本人は力尽き水死した。
水野仙子(みずのせんこ)1-15-14作家大正8年(1919)05月31日(32歳)本名 川浪てい。自然主義系女流作家。代表作に「道」「嘘をつく日」など。
三益愛子(みますあいこ)1-16-10俳優昭和57年(1982)01月18日(71歳)本名 川口愛子。エノケン劇団を経て、笑いの王国に加わり看板女優となった。
宮田東峰(みやたとうほう)1-1-4ハーモニカ奏者昭和61年(1986)01月31日(87歳)日本初のハーモニカ合奏団を創立。ハーモニカ製作において特許をとる。
アリス・ミラー(ありす・みらー)1-東6-1宣教師昭和3年(1928)03月05日(77歳)慈善学校を通し、後の雙葉保育園の基礎を築く。不幸な女性の救援活動に当たる。
村上専精(むらかみせんじょう)1-4A-6宗教学者昭和4年(1929)10月31日(79歳)近代日本の仏教史学者。東京帝国大学教授。日本仏教史研究の基礎を築いた。
村山槐多(むらやまかいた)1-20-6洋画家・詩人大正8年(1919)02月20日(24歳)日本美術院研究所に学び同院展で活躍。個性的な作風で異色画家と注目される。
村山知義(むらやまともよし)1-5-25演出家・劇作家・小説家・画家昭和52年(1977)3月22日(76歳)東京帝大哲学科中退。尾形亀之助、柳瀬正夢らと前衛美術団体マヴォ結成。前衛とプロレタリアの中間的活動から治安維持法違反で検挙される。その後も劇団主宰、小説『忍びの者』等、多方面で活躍した。
物集高量(もずめたかかず)国文学者昭和60年(1985)10月25日(106歳) 父・国文学者物集高見、妹・小説家物集和子(師は夏目漱石、「青鞜」発起人5人のうちの一人)、 同じく雑司ヶ谷霊園に埋葬されている、日本初の女性の探偵小説家と言われる大倉Y子(物集芳子)も妹。矢崎泰久の伯父。菊池寛の友。
元田直(もとだなおし)1-1-1法律家大正5年(1916)03月04日(83歳)東京代言人組合長、東京府立尋常師範学校長になった。
森田草平(もりたそうへい)1-東6-3小説家昭和24年(1949)12月14日(68歳)夏目漱石門下に入る。平塚雷鳥との心中を描いた「煤煙」が有名。
柳敬助(やなぎけいすけ)1-20-12洋画家大正12年(1923)05月16日(43歳)肖像画を得意とし穏やかだが確実なデッサン力で行き届いた作品を描いた。
山野一郎(やまのいちろう)2-3-11漫談家昭和33年(1958)12月18日(59歳)本名 山内一郎。活動写真の弁士から講釈師・漫談家となった。
山本忠興(やまもとただおき)1-14-13電気工学者昭和26年(1951)04月21日(69歳)

日本最初のテレビ研究者。 日本日曜学校協会会長。第九回オリンピック総監督。

ルドルフ・レーマン(るどるふ・れーまん)1-4A-5技術者大正3年(1914)02月04日(73歳)ドイツ人。造船・土木工学技師。日本初の和独辞典を校訂。日独貿易に貢献。
ジョン・ロレンス(じょん・ろれんす)1-9-8英語学者大正5年(1916)03月12日(66歳)イギリス人。東京帝大英語教師。生涯を英語教育に捧げ、優れた門下生を輩出。
和田垣謙三(わだがきけんぞう)1-16-12経済学者大正8年(1919)07月18日(60歳)東京商業学校、日本女子商業学校校長等、実務教育を指導し学業に貢献した。
渡辺重石丸(わたなべいかりまる)1-11-6国学者大正4年(1915)10月19日(79歳)平田篤胤の影響を受け、神道界で活躍。私塾「道生館」を設立し国学を教える。
渡辺沙鴎(わたなべさおう)1-10-2書道家大正5年(1916)10月15日(54歳)書道展覧会などを各所で開催。明治・大正期に活躍した書道家。
渡井清軒(わたらいせいけん)1-4B-3幕臣文久年間(1861月1864)日(歳)水戸藩主徳川斉昭(十五代慶喜の父)に仕えた忠臣。江戸邸にて没す。

コメント:

市川門之助代々
歌舞伎俳優。2世以降の屋号滝野屋。俳名は新車。
(1)初世(1691‐1729‖元禄4‐享保14) 2世市川団十郎の門下として市川弁次郎と称し,1719年(?)門之助と改名,若衆方として鳴らした。
(2)2世(1743‐94‖寛保3‐寛政6) 宝暦初年に滝中鶴蔵の名で大坂の舞台をふみ,59年江戸森田座で秀松と改名。62年4世団十郎の門に入り市川弁蔵を名のり,70年(明和7)中村座で門之助を襲名。安永期の若手四天王の一人とされた人気役者。
(3)3世(1794‐1824‖寛政6‐文政7) 初世市川男女蔵の子,初名市川男寅。1815年(文化12)大坂角の芝居で門之助を襲名。23年(文政6)江戸河原崎座で立女方となる。当時若手三幅対の一人としてもてはやされたが,食中毒によって急死した。
(4)4世(1804‐1862‖文化1‐文久2) 3世の弟,初名男熊。のち母方の家をつぎ8世中村伝七を称し,文政8年に門之助を襲名。37年(天保8),4世常磐津文字太夫をも相続した。
(5)5世(1821‐78‖文政4‐明治11) はじめ瀬川路太郎,岩井粂太郎,松本七蔵。45年(弘化2),7世団十郎の門下となり市川新車を名のる。70年(明治3)門之助を襲名。明治の団十郎・菊五郎らの先輩にあたり,前代の諸優の型を伝えた。
(6)6世(1862‐1914‖文久2‐大正3) はじめ坂東秀之助,嵐鱗枝,市川福之丞。85年,鳥熊芝居に迎えられ,春木座で立女方となり,88年,団十郎門下となり2世市川女寅を襲名,女寅閣下と通称された。1910年歌舞伎座で門之助を襲名。型物に定評ある女方であった。
(7)7世(1928(昭和3)‐ )35年市川たか志の名で初舞台,46年3世市川松蔦(しようちよう)をつぎ,62年,門之助を襲名。娘方から年増役までこなす芸域の広い女方として活躍。(平凡社世界大百科事典:小池 章太郎)