未知との遭遇 これで古本屋になりました
〜若手古本屋の出会い物語〜

誠心堂書店
橋口兼介
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●石鼓文拓本 全套 一〇枚
高田忠周旧蔵の書籍が古典会に出たことがあります。翁旧蔵の一級品は何十年も前にすでに整理されていたそうで、その残りということになります。ですからそれほど熱気のこもった市ではなかったのを記憶しております。
その中に石鼓文の拓本がありました。未表装でしたが市場で見るのは初めてで、にわかに胸の高鳴りを感じました。重刻本などは何度か見たこともありましたが、以前に三井文庫で見た聴氷閣本が目に焼き付いておりましたので、これは原石拓に間違いないと確信いたしました。
さて問題はどれだけ札を入れれば良いのかまったく検討がつかないことです。存字数はそれほど多くなく、旧拓などとはとても言えない拓でしたが、それにしても中国最古の石刻です。相場のないような品物を落札したいと思った時は、本当に苦労いたします。今まで業界の先輩方に何度も打ち負かされておりましたので、今回ばかりはと手に汗を握りながら、最初に思い浮かんだ金額の三倍の札を入れてようやく手に入れることができました。
●皇甫誕碑 旧拓 剪装 一帖
甚だしい虫損の拓本が古典会の中台に陳列されておりました。帖をめくるごとにバリバリと音が立つほどでしたが、虫は欄外部分だけを食して墨拓の部分は虫損を免れておりました。(虫は表装に使われた糊に寄ってきますので、剪装本の場合はこのような虫損が多いものです。)残念ながら巻頭の何丁かが欠如していましたが、墨は古色を帯びて実に美しいものでした。巻末に何昆玉をはじめ多くの鑑蔵印があり、さらに朱●ら名家の跋が続いておりました。市場には金石の類を調べる参考図書が乏しく、頼れるのは中国書道辞典くらいのものです。影印本と見較べている余裕などもありません。
はからずも入手することができ、その後調べてみますと未断本の宋拓本であることがわかりました。このような佳品との出会いが、古書業界に携わる者としての励みになっているのだと思います。
●和本入門 橋口侯之介 平凡社
身びいきで恐縮ですが、和本で商売をしていこうと思い立たせてくれた一冊です。業界に入りたての頃は売れ足の早い洋本ばかりを扱い、なかなか和本に目が向きませんでした。師である父に古典会の市で、廻ってきた品物の見方を教えられ、少しずつ和本に興味がわいてまいりました。こうして長年教え込まれてきたことがまさにこの本に凝縮されているわけです。
古書店主の書いた和本の入門書は、業者にとって有益な情報がたくさん詰め込まれているのは言うまでもありません。しかしこれは商人として手の内を明かすことになりますので、ここまで書いてしまうのかと正直なところ抵抗もありました。ですがこうして同世代の良きライバルたちが多く、和本の世界に飛び込んできたことは、業界の将来に明るい兆しとなるのではないでしょうか。
日本古書通信 2010年7月号より転載