東京古書組合

 

見切りを付けるまでの時間

 

樽本■在庫管理は古本屋の大きな悩みですが、夏目さんのところでは店に出していない本はどれぐらいありますか。

 

夏目■倉庫はありますが、確実に売れない全集なんかを置いているだけで基本的には全ての商品を店に出しているし、美術品も含めてインターネットにも掲載しています。千円以下の本は店内には並べず、均一か古本まつりなどの催事用にしていますね。

 

樽本■在庫は持ちたくないですか?

 

夏目■場所代のほうが高くつく気がするから、できれば持ちたくはないかな。

 

野崎■うちは倉庫もないし、仕入れたものはすぐに値段を付けて並べてしまうので在庫は棚にあるだけです。少しずつ集めたものをタイミングを見計らって出すことはありますが、やっぱり在庫は抱えたくないし、店のなかにもなるべく置きたくないと思っています。八百屋さんみたいにその日に仕入れてその日に売るのが理想ですが、売れなければ市場に出せばいいし、また自分が欲しくなったときに買えばいい。専門分野によっては在庫を持つ必要もあるでしょうけどね。

 

樽本■組合に入る前とでは在庫管理に変化はありますか。

 

野崎■特に変わりませんが、市場に出せないので、仕入れた本は責任を持って自分で売らなきゃいけないのはきつかったですね。昔は一か月で売れない本はダメだと思っていました。毎日来てくれるような人もいるわけで、常連さんが一通り見た後に動かないなら、それは自分の揃え方が間違っているんだと。でも後から気づいてくれるお客さんもいるし、この間ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったけど、何かのきっかけがあって棚が動くこともある。僕はボブ・ディランをしつこく買い続けていましたけど、誰かが亡くなったり賞を取ったりするとその存在を知るきっかけが生まれる、そういうときに在庫は意味を持ちますよね。

 

加勢■私は買取の品物がばーんと来ても市場でまた買ってしまうんです。買うのがやめられなくて店には作業しきれない山がいつもあります。それを少しずつ崩す、またその上に新しい本が乗っかってくるという繰り返しです。
少し実践的な話をすれば、本を仕入れたらすぐに店で丁寧に売るもの、均一品、展覧会で売るもの、ツブしてしまうものというように一気に分けてしまいます。すでに商品として棚に並んでいる本については、あまり時間がたってなくてもすぐクビにすることもあります。ずっと売れないものであっても、いつ手に入るかわからないとか店として置いておかなければならないと思えば何年でも残します。見切りを付けるまでの時間は考えてコントロールしていますね。

 

どんな場所だって本を好きな人は必ずいます

 

樽本■来場者の方から「都心ではなく地方で新たに店舗販売を始めて経営が成り立つか」という質問を頂いています。地方でなくても都内のマイナーな駅や文化度が低い街でどう営業していくのかというのは同じ問題ですよね。

 

野崎■古本屋に限りませんが、最近はある程度の規模の地方都市では東京っぽい店が増えていますよね。以前はその土地に根付いている独特の空気が覗えたけれど、今はもう東京とそれほど変わらない。そういう雰囲気のなかで東京の形をそのままトレースして古本屋をやるのはかなり難しいでしょう。
いわゆる街の古本屋として経営が可能かという質問であれば、東京でしか経験がないので責任は持てないけれど、どんな場所だって本を好きな人は必ずいます。東京っぽいことはせず、SNSで取り上げられているような情報に流されず、その土地に必要とされている本を地道に集めて売っていく、熱心にそれを続ければ十分やっていけるのではないでしょうか。

 

夏目■大抵の店がインターネット販売を行わないと成り立たないのが実情で、それは東京でも地方でも変わりません。ネットは絶対に必要だと思います。神保町は特殊だけれど、店作りに関してはどこだって地域の人に受け入れられなければいけないという点は共通しているし、お客さんのニーズに応えるのは当然ですよね。

 

樽本■ファンの増やし方がとても難しいと思っているんです。うちは十年前からイベントをやっていて本屋としては先駆けだろうけど、今はやりつくされた感があって差異化ができない。

 

野崎■雑誌に取り上げられても昔ほど食いつきがよくないですよね。ちょっと前は街とか古本屋の特集で掲載してもらえばそれを見た人が店に来てくれたけど、今はあまり反応がない。

 

樽本■他店との差異化についてはどうですか。

 

夏目■店をオシャレにするみたいなことは考えていなくて、やっぱり商品が第一です。いいものを揃える作業を一貫して続ける、そうすればお客さんはついてくると思う。ピカソの版画のような高い商品があれば、それを見たお客さんがピカソに興味を持って本を買っていく、そういう店にしたいですね。

 

加勢■お客さんが来たときにがっかりさせたくないっていう焦りがあります。だからしょっちゅう棚を触っているんですけど。能力的にイベントもできないし、ネットで商品を紹介しても売れてしまえば他の人が買えなくなってしまうので宣伝活動はほとんどしていません。自分でそれをできないことはわかっていたから、広告代込みと考えて人通りの多い場所に物件を借りました。
個人的には宣伝よりも口コミの方が効果的だと感じています。棚を入れ替えると同じような趣味のお客さんが続くことがあって、きっとその人たちの間で「こういう本があった」っていうやりとりが交わされているんですよね。漠然とした「お客さん」のニーズは把握できないし、そもそも一冊ずつしかないから応えられない、それよりも目の前にいる一人ひとりに向き合っていく、その積み重ねです。

 

樽本■ものがあるからお客さんは来るんでしょうか。いい商品が揃っていてもつぶれる店は沢山ありますよね。

 

夏目■無茶をしないことが大切じゃないですかね。いいものが高いとは限らないけど、高くなりがちっていうか、市場でも競争が激しくなります。無理して高く買っても利益は少なくなってしまうので、身の丈に合った、自分のできる範囲で商売をするべきだと思います。

 

樽本■お客さんにその店の身の丈を知ってもらうのは大事かもしれないですね。自分と近い感覚の人が店をやっていると伝われば共感してもらえるし、買取も増えるだろうし。

 

野崎■無理やり店を大きく見せても仕方ないですよ。僕はなるべく商売を大きくしないような方法を考えています。少し前に初めて月給の社員を雇って自分だけの店じゃなくしてみようとチャレンジしましたが、身の丈に合ってないと感じました。その人は辞めることが決まっていたので今はアルバイトを雇って、市場に行くときや今日みたいに用事があるときに店に入ってもらっています。
僕はずっとネット販売もせずに店でしか本を売っていません。組合に入ってからは店では扱えないために断っていた買取を市場に出せるようになったけれど、それは売上とは考えていないんです。催事も去年でやめてしまいました。店の売上げが本分というか、それだけで成り立たないなら商売は続けられないと思っています。開業を視野に入れている人は「店でこれだけ、ネットでこれだけ……」と売上を想定しているだろうけど、それは絶対に皮算用なんですよね。どの販路にせよ柱を一つ作っておいて、余裕ができたら徐々に店の規模を大きくすればいいんじゃないですかね。

 

樽本■店のなかで自分の色を出してますか?

 

夏目■勝手に出ちゃうんじゃないですか(笑)。

 

樽本■それぐらいでいいのかな。「これは俺の店だ!」って思いっきり主張するのはかえって嫌がられるかもね。

 

加勢■「お客さんに見せたいお店の魅力とは?」っていう質問を頂いていますけど、本人と同じで「こう見られたい」というのはすごく難しいし続かないですよね。だから自分にできることをやっていくしかないし、自動的に自分の色が出てしまわないのであれば、向いてないと思います。

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