市場は本の売買だけではなく
様々な情報が集まってくる
樽本■質問をもう一つ紹介します。「古書店を始めるにあたって、具体的な指導や相談相手など、頼りになる人に恵まれましたか?」僕はいなかったですね。人づてで西荻窪の音羽館さんに相談に乗ってもらったけど、一人でなんとなく始めたっていうか。夏目さんは沢山いますよね。
夏目■父が古本屋ですからね。市場で働かせてもらうようになると周りは二代目、三代目が多いから境遇も似ていて、あれこれ相談もできるし友達みたいな付き合いにもなります。市場に携わるようになってから古本屋の仕事は楽しいと感じました。
樽本■知り合いの古本屋がいるのは心強いですよ。
夏目■横のつながりがとても強い世界だから馴染むのが難しいところもあるかもしれないけれど、僕は夏目書房の息子ということでかわいがってもらえたし、先輩ともすぐに顔見知りになれましたね。
野崎■僕も勝手に商売を始めたようなもので、わからないことがあれば他の店を見に行って勉強しました。馴染みの古本屋はいませんでしたが、仕入れのためにせどりをしているとそのうち顔を覚えられるんですよね(笑)。荻窪のささま書店さんにはよく行っていて本の並べ方や値段の付け方を教わったようなところもあるけど、そのうち店員さんと仲良くなって飲みにも行ったし、組合加入を考えたときも相談に乗ってもらいました。
横のつながりっていう話が出ましたけど、市場は本の売買だけではなく様々な情報が集まってくるんですよね。誰が何を売って何を買ったのか、どういうものを欲しがっているのか、そういうことがわかってくる。夏目さんの市場での売買を見ていれば、店に行かなくても神保町がどうなっているのかがなんとなく見えてくる。そういう同業者から得られる情報も商売をする上で大きなプラスになります。
樽本■ほん吉さんは修業してよかったですか。
加勢■そうですね。「古本屋ってどうやって食べているんだろう」っていうのが気になって働いてみたんだけど、仕事がとにかく水に合うっていうか、頑張らなくてよかったんですよ。今まで本屋に通ってきたことがそのまま役に立つし、本とは関係のない人生のなかでの出来事、苦しかった体験、そういう自分の持っている要素がすべて活きてきます。
よみた屋の社長も今日みたいな講座をよくやっているので修業中は聞いてみたいといつも思っていました。店の仕事があるから行けなかったけれど、でも言葉で教えてもらったことって意外と覚えてないんですよね。それよりも重要なのは観察だと私は思っています。
例えば仕事をしているとトラブルは必ず起きるけれど、それを解決するための具体的な答えよりも「この人はこんな対応をした」「その結果こうなった」、それを見ておくことが大切です。そして色々な事例を自分のなかに蓄積していく。問題が生じたときに責任者が鷹揚にしているか、あるいは責任者自身が素早く対応をしていたのか、それで事の重大さがわかったりもします。「見覚えがある」というのはとても意味があって、しっかり見ておきさえすれば目の前でトラブルが起こっても「見てきたこと」が呼び起こされて応用できます。
もっとあさっての方を見続ける
ここからご来場のお客様からの質問。
――■修業の経験はまったくありませんが、開業を目指して準備を進めています。お客さんからの買取があるのか、あっても査定した価格に納得してくれるのかということが心配ですが、お店を始めた頃はどう感じていましたか。
樽本■新刊書店で五年ほど働いていましたが、やっぱり買取は不安でした。ネットで調べて値段をつけたりしましたけど、どの情報が正しいかどうかもわかっていなかったので高くも安くも買っていたはずです。適正な価値を見定める必要はありますね。
野崎■欲しい/欲しくないはもちろんありますが、店舗を構えていれば買取は来ると思います。自分の店でいくらで売るのかを考えて買取価格を決めるわけですが、扱わないものであっても市場に通っているうちに他の業者がどんな値段をつけているのかわかるようになります。僕も昔は適正な買取価格をつけられないこともありましたが、店と市場とネットの情報を集めれば、今は大抵の本は正しい価値に近づけます。
樽本■お客さんにとっては価値があっても業界的にはそうでないものがあるわけで、それを納得してもらえるだけの説得力がないとダメですよね。
組合主催のイベントだから言うわけではないけど、組合に入ってないお店に行ってセレクトされた本を見ると、「この本にこんな値段をつけるのか」とガッカリすることが多いんです。だいぶ遅れているっていうか、今の値段ではない感じがするし、単純に高く付けすぎている場合もある。市場に行けばその本が実際にどれだけ流通していて、いくらで取引されているのかがわかるだけに余計に強い違和感を覚えます。
――■私も含めて友人のなかにはこれから古書を扱おうと考えている人、すでに扱っている人もいますが、組合に加入するという選択肢がありません。メリットはわかるのですが、ネックになるのは加入金で「五十万円は出せない」と口を揃えて言います。昔と金額は違うのかもしれませんが、皆さんは迷いなく加入されたのでしょうか。
加勢■開店に際してはまとまったお金を思い切って使わなければいけないけれど、その内訳を考えれば加入金はたいした額ではありません。それを気にするなら内装をケチったほうがいですよ(笑)。お店を開けて「何でも買います」と言えばお客さんは本を売ってくださいますし、真面目に受けていれば必ず続いていきます。そうすれば加入金ぐらいすぐに回収できますよ。
野崎■辛辣かもしれないけど、加入金をネックと考えて組合に入らないというのは商売をする感覚からずれていますよね。確かに五十万円は大変な額に感じるかもしれないけど、商売というのは普通に働いて給料をもらうのとは違ったお金の動かし方をするわけだから、その意味や必要性を考えなければいけない。
たまに開業を考えている人の相談を受けるのですが、みんな家賃を抑えようします。「狭くてもいいから十五万円以内がいい」とか言う。でも店に来てもらえなければ何にもならないわけで、店舗営業なら一番お金をかけるべきは家賃ですよ。
夏目■市場があると本当に助かります。店をやっているとどうしても在庫過多になる。お客さんが持ってきた本を「これだけ欲しい」なんて言えないし、必要なものは一割もなかったりします。その使えない本を倉庫に寝かせておくのか、捨ててしまうのか、選択肢はいくつかあるけれど、市場に出すのが一番手っ取り早い。売れればすぐにお金なるし、沢山出品してもそれほど経費はかからないですからね。
加勢■樽本さんの言った「差異化」とか「文脈作り」が来場の方々にどんな風に理解されているかわかりませんが、そういうことは考えないでもいいと思います。自分にできることしかできないのだから、他店との比較や世間が求めていることよりも、「理想を実現するためにはどうしたらいいのか」っていうことを最優先にするべきです。すでにある店と競争したり対抗してもしようがないと思う。もっとあさっての方を見続けるっていうか、ニーズなんか考えず好き勝手にやったほうが絶対にお客さんは来ますよ。
野崎■昔は古本屋に行くといいところばかりが目について、自分の店の悪いところが浮き彫りになるようで苦しかったですね。自分のやりたいようにやればいいと思えるようになってからは、いいところは参考にはするけど気負うようにはならなくなりました。