東京古書組合

 

業者のアドバイスは聞かない方がいい(笑)

 

樽本■池田さんは?

 

池田■僕はもともと大学を出て、三年サラリーマンをやって、人の下で働くのは向いていないと実感して(笑)。独立して社長になろうと思って。

 

樽本■デカイですね(笑)

 

池田■デカくはないですよ、一人でも社長ですから。上司がいないところで働きたいと思って、それで「何でもいいや」と思って会社を辞めようと思ったときに、大学の時に神田の秦川堂さんでバイトしていたので、その話を社長にしたら「うちに来い」って言われたんですけど、行ったら働かされるじゃないですか、社長の下で。変わんないなぁと思って、それは嫌だ、と。「独立出来ないと嫌です」って言ったら、「五年働けよ。五年したら絶対に独立させてやる。」って言われたので、「それって約束ですからね」っていう感じで。だからほんとに五年後に独立しました。

 

樽本■それは何歳くらいの時ですか。

 

池田■二十七、八才ですかね。もう居ても立ってもいられないって感じでしたね。とにかく独立するのが目的だったんで、秦川堂さんが専門書を扱っているところだったから、それはいま中村くんが言っていたように、市場でものすごくたくさん本を買う人だったし、それに憧れて、おもしろいなと思って独立したんですけど、あんまりそこで「何か専門を」というのは考えていなかったんです、当時は。そもそも、独立するときに色々な人が色々なアドバイスをしてくれるんだけども、大抵はいい加減で。業者のアドバイスって聞かない方がいいと思うんですよね。

 

樽本■みんなそう言う(笑)

 

池田■やっぱり(笑)。本当にダメなんですよ。だから僕も独立する時に「秦川堂さんと同じような、とにかくお店があったとしても専門書でやりたい」って言ったら「いやいや、まず郊外で一般書のお店を出せ」って色々な人に言われました。

 

樽本■その頃、無店舗でやるというのは?

 

池田■もう非常識、新人がね。まぁ、「ある程度経験を積んでからでいいだろう。でも絶対無理だ」って言われましたね。でも、まぁ自分ではなんとなく出来る、っていう漠然とした、何の根拠もない自信はありましたね。それで始めて、専門は何にも無くスタートしました、僕は。

 

樽本■その五年間で見つけようといった意識はなかったんですか?

 

池田■無かったですね。

 

樽本■独立しようと思っていたのに?

 

池田■うん、無かったです。三年くらいした時に「これヤバイかな、経営的に。多分ダメなんじゃないかと」と思いました。最初はお金を銀行から借りてスタートするじゃないですか。最初は何となくいいんですけど、三年くらい経つとお客さんにだんだん飽きられてきてヤバイかなって思った時に、「やっぱり専門を持たなきゃな」って思いました。中村くんが言っていたけれど、まさにモチベーションが。僕の場合秦川堂さんで色々な本を見ていて大体いくらくらいっていう知識はあるんですよ。でもそれを買うモチベーションがないんですよ、専門がないと。もちろんお金も限られているから、自分を奮い立たせて「これを買うんだ!」という気持ちがないとやっぱりいい物は買えないので、それで専門書ですね。それで、そこから医学にしたのは・・・なんの理由もない。

 

小野■なんか儲かるとか?

 

池田■ない。全然。まぁ強いて言うならアルバイト時代に秦川堂さんにおじいちゃんがいらっしゃって、医学書をやっていたんですよ。医学書の棚を見ていても、その棚だけはなんだか全然わからなくて、タイトルも読めなくて印象的だったんですよね。だから「それは多分みんなやらないだろうなぁ」って勝手に思って、医学書にしてやろうって思いましたね。まったくいい加減ですね。儲かるとか全く考えていない。

 

樽本■今の話を聞いていると、専門分野を持つ事って言うのは、そんなに知識が無くても出来る事なのかなぁって印象なんですけれど。

 

池田■いや、それはできます。

 

中村■でも好きなジャンルでも買い揃えられないと意味がないですからね。

 

樽本■知識は後からついてくるって感じですか?

 

中村■知識と買い揃えられるというのが兼ね備えられればそんな幸せなことはないんですけど、好きなジャンルがあったところで、市場で買えない。商品がないと、開業さえできない。

 

池田■うん、そうだね。まぁ強いて言うなら人がやらないところじゃないと、近代文学の専門店をやりますっていうと、ちょっと無理かなって。

 

中村■俺も本当は映画やりたかったのっ。映画の専門店をやりたかったけど!

 

一同■やればいいじゃない!

 

中村■映画の本高くて買えない!

 

一同■今ならやれるんじゃない?

 

目録なら在庫と机、当時ならワープロさえあれば
どんな場所でも開業出来るんです

 

小野■僕は、今は野球の専門店になったけど、野球をやろうなんて意識は全然なかったの。でもまぁネット時代なのでお客さんの耳目を引くために、分野を割と細かく分けたんですよ。紙の目録を作ってなかったから「何でもあります」だと漠然としすぎちゃって、ジャンルを明確にしておかないとお客さんの食いつきが悪いと思って。だから音楽でもジャズとかクラシック、乗り物なら車、バイク、飛行機、自転車、車とか、ネットの目録をきわめて細かく分けたんです。その中の一つに野球というのがあって、百冊くらい載っけただけなんですけど、それを見てくれたお客さんが「ここは野球を専門にやっているのね」って勝手に思ってくれたんですね。いろんなジャンルの中の一つだったのに。そしたらある人物のご遺族から「住んでいた家を壊すから引き取りに来てくれ」っていう話になったのね。その人は日本のプロ野球の立ち上げに関わった超大物で、野球殿堂にも入っている人で、その人の家を片付けに行ったんですよ。そしたら日本の野球史上珍しいものがザクザク出てきたんですよ。でも当時ぼくは野球の本屋ではなかったので、その価値がわからなかったんですよ。今だったら百万、二百万で売っているものを、三万とか五万とかで売っちゃって、今でも「あぁもったいない」って本当に後悔しているの。でも、そういうことをやって、そこから持ってきた物をカタログにしてネットに載せたところ、アメリカ人のお客さんが何人も来て、注文もいっぱい来たんですよ。そのうち向こうで「なんかあそこの店は野球、いやアメリカ人だからベースボールがすごい」って評判になったんですよね。そしたら、日系二世の方で取り次いでくれるような人が現れて。そういう状況で野球のものをボンとぶち込むとほぼ完売なんですよ。大体百点くらい溜まるとデータに打ち込んでメールで流すと、当時七、八割売れました。当時は野球を扱っている業者がまだいなくて、同業者にもさんざん「何それ?」って馬鹿にされましたけど。結局、最初にたまたまいい物がはいったことがきっかけになって、自分で意図したわけではなくて、流れに乗ってしまったというのが、僕が専門店になった理由ですね。だから必ずしも意図して必ずそうなるとはかぎらない、そういう出来方も一つあるかな。

 

樽本■目録販売っていう話がありましたけど、専門書をどうやって売っていくんですか。なぜ目録になったんですか。

 

中村■またお金の話になって恐縮なんですけど、お金がないわけですよ、とにかく。お店をやるとなるとやっぱりそれなりの場所を借りなければいけないでしょ。そうすると保証金も家賃も払わなきゃいけない。そんなお金どこをたたいてもないわけですよ。目録なら在庫と机、当時ならワープロさえあればどんな場所でも開業出来るんです。それが具体的な理由ですけど、一番大きな理由は、接客したくなかったんですよ、もう。店員時代に「自分は接客には向いていない」っていうのを思い知ったんで。だから独立開業して第一日目の喜びの六割くらいは「あぁ店番しなくていいんだ!」っていう喜びでしたね。

 

池田■元々は僕らがやるもっと前から諸先輩方が目録を出していて。

 

中村■そうですね、大体専門店の皆さんは目録を出してらっしゃいましたからね。

 

中村■だから、専門店をやる人は目録を出すものなんだろうな、って思っていました。

 

樽本■目録はどうやって作っているんですか?

 

池田■古書ネットっていう、誠心堂書店の橋口さんが作ったソフトがあるんですよ、古書在庫管理ソフトっていうのが。それがもうねぇ、我々の全てです。

 

中村■目録制作からその事後作業まで、そのソフトだけで出来るんです。

 

池田■あれが来た日からね、もうあれがないと生きていけない。

 

中村■最近はないけど、ごくたまに壊れたよね?

 

池田■ね。でもあれが壊れると、もう何にも出来ない!

 

中村■そう!何にも出来ない!

 

樽本■今もそれはあるんですか?

 

中村■今は販売止めちゃってるんです。

 

池田■それだと入力もして売り掛けもつくし、自分の事務作業全部も出来るし、売れると自然に在庫がゼロになるし。まぁ、とにかく良くできたソフトなんですよ。目録のページも全部すぐ出来るし。

 

中村■そのソフトで日々入力した在庫データを、ある条件の下に並べ替えて目録印刷出来るっていう。一番いい。

 

池田■それがあれば、まぁ「誰でも出来ますよ」っていう感じじゃないですか?

 

樽本■その完成した目録はどうするんですか?

 

中村■それが問題ですよね。最初の。

 

池田■最初は苦戦する。

 

中村■今はいいのかわからないけど、僕らの頃は大学の職員録が普通の本屋さんで売っていたんですよね。今もあります?ないのかな。公立大学編、国立大学編、私立大学編とかね。

 

池田■市場にたまに出るんだよ、資料会に出て、僕、一生懸命買ってましたよ。

 

中村■今もいいのかな?たまに出てるよね。販売していたから。

 

池田■普通に販売している名簿なんですよ。

 

中村■だから僕の場合建築学科に載っている先生方のところに片っ端から送りました。

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