理事長がゆく

書物の記憶をひもとく 慶應義塾大学付属研究所 住吉朋彦先生 高橋智先生

斯道文庫
住吉
 当文庫は株式会社麻生商店社長の麻生太賀吉氏が、昭和十三年に福岡で設立した、財団法人斯道文庫を前身としています。この組織は、思想文化、特に東洋思想の研究を目的とし、また時節柄、国威発揚のための精神文化研究が流行しましたので、そういう要素も主題に含んで出発をしました。当時の斯道文庫は、財界人の松永安左エ門から譲り受けた別荘地にありました。九州大学の人材を重用し、公開講座の実施や研究紀要の発表など地域に根ざした活動も行っていたようです。昭和二十年の福岡空襲によって施設を焼失し閉鎖を余儀なくされましたが、ただほとんどの蔵書は疎開していたため無事でした。戦後蔵書は九州大学附属図書館に寄託されましたが、麻生氏は蔵書を研究に利用して欲しいという意図から斯道文庫を設立されましたので、本意ではなく感じられていたようです。戦前の斯道文庫には、慶應義塾大学から阿部隆一氏が参加され、蔵書の整理をも担当されていました。阿部氏は慶應の哲学科出身で、専門は山鹿素行の研究でしたが、戦後は慶應の図書館に戻り、専門的な司書の仕事をされていました。この阿部さんが麻生家と慶應の間に入り、斯道文庫の蔵書を使った新しい研究所を作ろうと努力されたんです。昭和三十二年に九州大学の寄託期間が終わったこともあり、昭和三十五年に現在の斯道文庫が誕生しました。昨年開設五十年のイベントを行いましたが、それは慶應に移ってから五十年ということになります。 また「斯道」という言葉は、設立当初は教育勅語にあるとおりの意味で採用されましたが、慶應義塾の研究所として再出発するにあたっては文献の客観的な研究、今でいう書誌学を指すという考えのもとに用いられています。
小沼
慶應で設立された際の蔵書数はどれぐらいだったんですか。
住吉
元々九大に寄託していたのは七万冊とのことです。今は寄託書などを含めて十六万冊程度でしょうか。ご覧の通りスペースは大変狭く、とにかく詰め込んでいるような状態ですから、古本屋さんが見たら悲しまれるんじゃないですか(笑)。
小沼
日吉や湘南藤沢キャンパスもありますが、すべて三田で管理されているんですか。
住吉
実は昭和三十五年の設立前に、仮に一年ほど日吉に入っていたそうです。その後はすべてこちらに移してあります。初めはこの建物の地下に置かれていましたが、現在のように四階へ移りました。
斯道文庫
小沼
移転する計画はないのですか。
住吉
今後のことはわかりません。ただ私たちが研究している書誌学というのは、ある本がどのような来歴を辿って誕生したのかを、すべて比較によって決定する学問なんです。例えば元禄十年の版本があったとして、それをそのまま信じるのではなく、他のものと比較した上で確かに元禄十年のものであると認める。それができる環境をつくるために本を集めるわけですが、私たちは、普通の図書館からすれば不思議に思われるぐらい同じタイトルの本を集めています。さらに言えば、中身も版も同じものですら複数集める場合もあります。似たものを比べることで僅かな違いが見えてくるケースがあるからです。ですから、とにかく本が沢山なければ成り立たない学問なんですね。そこで斯道文庫は、文庫の回りにもたくさんの書物があり、それを使って比較研究する環境になければ立ち行かない、ということだけは確かです。
小沼
 古本屋の立場からしますと、同タイトルの本を複数買って頂けるのは何ともありがたいことですね(笑)。
住吉
文学や歴史を研究するのであれば、オリジナルに最も近い本だけを必要とするということもありますよね。しかし私たちは、平安時代に書かれた本であっても、江戸時代にどんな形で出版され、どんな影響を与えたのかということまで関心に含んでいます。ですから後の時代の再版本にも同じように価値を認めているんです。
小沼
昔の研究者は重複本もよく買っていたはずですが、嘆かわしいことに近年はほとんどそういった傾向はありませんね。
住吉
私たちも無尽蔵に本を買えるわけではありませんから、一所懸命に取捨選択しています。日々悩ましいですよ(笑)。
 
※文庫内を案内して頂く。
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