小沼
そうした傾向は宗教関係者に多く見られたのでしょうか。
住吉
室町時代には一部の禅僧が、漢文を操る一種のテクノクラートとして働き、外交文書なども書いていました。半聖半俗と言うか、お坊さんでありながら役人という感じだったので、必然的に漢字を担っていたわけです。
小沼
私たちが扱うほとんどの本にとって書き入れはマイナスの要素になります。もちろん名のある人が書いていることがわかればプラスに働きますが、しかしそうでないものであっても、その本に対して何らかの価値を与える場合があるのでしょうね。それは私たち古本屋が評価を改める必要があると感じます。
住吉
そうですね。ですから本に対して「これが一番良い本である」というようなことは簡単には言えず、いつ誰が手に取り、何を学び取ったのか、また加えているのか―私たちは本の伝来と言いますが、それが書誌学にとってはとても大切なんです。 ちなみにこの『東坡先生詩』は貼り紙に金沢文庫本と書かれており、版本に判も押してあるのですが、この判はどうも本物ではないようです。また室町時代の禅僧は酔狂なところがあって、本に異名をつけるのですが、これも蘇東坡の号をとって『雪堂集』と名付けられています。題簽だけを見ると中身がわからなくなることもありますが、題目もその本に関する重要な要素です。この『東坡先生詩』の首題も実際は『増刊校正王状元集注分類東坡先生詩』と非常に長いタイトルで、増刊であるとか記事が増えているといった情報、また王状元という人が注をつけていることも含まれています。「状元」とは科挙の主席合格者という意味ですが、そういう優れた学者が注釈を付けているということで、科挙を目指す人がこれを読む、そんな広告めいたことまで題名の中に入っているんです。
小沼
とても面白いですね。本は中身を読めばそれで終わりではなく、様々な付帯情報を得ることによってどんどん世界が広がります。それを拾いあげて下さる方がいらっしゃるのは、私たちにとって実に頼もしいことです。
住吉
それこそが書誌学特有の役割と言えるかも知れません。
***
高橋
これも「和本シンポジウム」に出展する室町時代の『春秋経伝集解』の写本です。ほとんど最後まで同じ人の手によるもので、全冊にをことてん・訓点が入っており、しかるべき家の本を写したものだろうと思われます。『春秋経伝集解』は昔から読まれていて鎌倉時代の写本も残っていますが、意外とそれ以降の写本がないんです。三十巻揃っている室町の写本はこれだけなので、非常に珍しいものです。 この写本には面白い経緯があって、最初はどのような本を元にしたものなのかわかりませんでした。本の中に江戸時代の持ち主のメモが貼ってあり「箱入の古写本が七冊、元は全部で九冊あったが二冊は人に貸してそのまま所在がわからない」なんて書かれていて、つまり揃っていなかった。実際に欠けていたのは最後の一冊でしたが、それが最近になって偶然見つかったんです。
小沼
すごいお話ですね。
高橋
その一冊は綺麗に補修されていましたが、表紙を見たときに字が同じだと思ったんです。中を開けてみると古い写本でやっぱり同じ手なんですね。しかも最後の一冊というのは元になった本の「刊記」が記されているから大変貴重です。それが無ければ何を写したのか分かりませんから。
小沼
最初の七冊はいつ頃買われたんですか。
高橋
昭和四十年代です。元は伊藤有不為斎という大阪の収蔵家のもので、昭和三十年代に売立があった際に古本屋さんの手に渡ったようです。最後の一冊は神田の某書店で買いましたが、こういった偶然は色々とあるんです。
小沼
これは中国が相当欲しがるでしょう。
高橋
ただ中国は日本の写本をまだまだ理解していないところがあるんです。それもあちらの文化なのでしょう。いずれにせよ写本というものは書写年代や伝来も貴重ですが、なんといっても内容が当時の書物需要を示していますので、綿密に分析・研究しなければならない資料なんです。けれども日本は写本の全然研究が足りていませんので、今後はさらに力を注がなければなりません。
小沼
なぜ研究が進まないのでしょうか
高橋
扱うのがとにかく難しいんです。相当熟練した人でなければ中身の価値を判断できません。また写本の研究は心身を労するというか、「これはすごい研究なんだ」と常に言い聞かせていなければもたないほど厳しい作業なんです。
小沼
ちなみに版本と写本の比率はどれくらいなのでしょうか。
高橋
漢籍で言えば、江戸時代まで含めると恐らく九割が版本ではないでしょうか。しかし私は写本と対面しなければ日本の書物文化は理解できないと考えています。写本には不思議な魅力があって、上手く言えませんが、今日見るのと明日見るのとではまるで違うんです。だから一日中眺めていてもきりがない。私たちが写本を閲覧に行くと、「どこをそんなに見ているんですか」なんて聞かれたりすることもあって(笑)。
小沼
写本をデジタル化することは研究に寄与しませんか。
住吉
もしその写本について、確かなデータを把握している人が利用するのであれば意味があると思います。しかし書誌学的にその写本がどういうものかを最初から把握するためには、あまり役に立たないでしょう。オリジナルと向き合わなければ伝わってものも重要だと思います。
小沼
そのような写本の持つ得も言われぬ深みとは、どういったところに由来するのでしょうか。
高橋
先程も言いましたが、本当に説明できませんね。先達もそういうものを伝えきれずに亡くなっていくんです。私たちのような変わり者が学ぶうちに「こういうことを言いたかったんじゃないか」と感得して喜び、また死んでいくんじゃないでしょうか。だからなかなか普及しない。
住吉
なぜ簡単にわからないのかというと、本を作るプロセスを考えたとき、版本は役割分担が合理的ですから、どういう本なのかを理解しやすい。ところが写本の場合は一人、あるいは少数の人が長い時間をかけて写しているために、筆遣いや元の本に対する意識の持ち方が変化し移ろってしまうんです。だからプロセスがとても複雑で「前はこの字を使っているのに、ここではどうして別の字なんだ」などと考え始めれば、もう迷宮に入ってしまいます。ただ写本であっても一人の整理された頭脳の持ち主によって手がけられたものであれば、とても明晰でわかりやすい。 しかしどのような写本であっても、結局はすべての文字を、書としても他本と比べなければならず、そうしなければ写本に宿った様々な個性を突き止められません。それはデジタルでは行えませんよね。
高橋
日本の写本には今言ったような強力な個性というか魂が込められているので、一度写本の世界に入ると抜け出せなくなってしまいます。ところが中国の写本は全く異なっていて、字を書いている「個」がまるで見えてこない。 これは『永楽大典』という明時代の写本です。この本は一万冊という桁外れの分量がすべて人の手によって書き写されました。宮中で一百人の写生がそれぞれ一日三枚書くというような体制でやっていて、もちろん一字でも間違えればすべて書き直しですし、字が曲がらないように紙に針をさして糸を垂らしたりする。そういった写本の世界は誰が書いても字が同じ、というより違ってはダメなんです。だから日本の写本とは成立の仕方が正反対で「個」が入り込む余地がありません。もちろんこれもまた大変な労作ではあるんですが。
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