東京古書組合

 『虚無への供物』を代表作とする中井英夫(1922〜1993)が、終の住処とまで愛した世田谷区羽根木の家を転居したのは1989年8月。この年は年頭に昭和が終わり、天安門事件が起こり、ベルリンの壁が崩壊した激動の一年でした。

「14歳で『虚無への供物』を読み、作者•中井英夫を“現存で最も尊敬する作家”としてきた本多正一は、1989年、その作家本人との偶然(にして運命的な)邂逅を経験します。以来、中井の死までの四年半を助手として、この作家の生活全般の面倒を一手に負うことになりました。

 生涯の伴侶(ロングタイム•コンパニオン)であった田中貞夫、その才能を深く愛していた寺山修司を相次いで喪った心の痛手から立ち直れぬまま、晩年の中井は酒に溺れ執筆もままならないほど心身ともに衰弱していました。「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない」と書き記すほどに新たな譚(ものがたり)への情熱を秘めながら、静かに落魄していくよりほかなかった老作家と若き本多との共同生活は、「その全存在、持てるもの全てを賭けて罵倒しあう」といった体のものとなります。

 そんな日々にあって、本多のカメラはこの“消えんとする大彗星”中井英夫の姿を、尊敬ゆえの一歩引いたつつましさと、あまりの近しさゆえの遠慮のなさとが奇妙に同居する、無二にして絶妙の距離感覚で写し取っていきます。

 中井没後、著作権継承者となった本多は未発表作品の整理•刊行、創元ライブラリ版全集の編纂に力を注ぐ一方で、自身と中井との日々の記録を写真集『彗星との日々——中井英夫との四年半——』(光村印刷、1996年)、エッセイ集『プラネタリウムにて——中井英夫に——』(葉文館出版、2000年)としてまとめました。 (菱沼秀夫「〈彗星との日々〉を通過して」)


 1996年に刊行された本多正一写真集『彗星との日々』は翌年銀座ニコンサロンで写真展を開催。高梨豊によって『アサヒカメラ』年間写真展ベスト5に数えられました。本多正一と中井英夫が出逢って30年。その後の活動も含め、写真展「彗星との日々」を開催します。


 
 
【会 期】
2019年11月28日(木)~12月18日(水) 10時~18時 日・祝休館
【主な展示資料】
写真70点ほか、中井英夫の原稿、初版本、資料など
 

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