東京古書組合

目録を作るモチベーション自体が
二十年前とは大きく様変わりしてしまった

 

樽本■ネット通販もされてますよね?

 

池田■僕の場合は「日本の古本屋」とホームページをやっています。

 

小野■中村さんはどうですか。

 

中村■年三回目録を出していて、その売れ残りはすべて「日本の古本屋」に出しているんですけど、売上げの比率は比較にならないくらい目録の方が大きいですね。

 

池田■それ大きいね。売れなくなったらやらないでしょ?売れるから目録出すんでしょ?

 

中村■そうそう、売れるんですよ。本当はインターネットの隆盛によって目録は売れなくなる、みたいな危機感を持つべきなんだろうけど、実際に商売しているとあんまり感じないですね。

 

樽本■僕と同じ位の世代の古本屋も目録をやっている人達もいるし、力を入れている人たちもいる。僕の印象ではこれから先インターネットの販売は先行き不安というか、本当に効率のいいところしか残って行かなくなるだろうし、値段でしかお客様に差別化できないと思っています。やっぱり専門分野を持って目録販売されているのはすごく強くて、これから先ネットに載っていない物、買えない物っていうのに価値が出てくるんじゃないかなぁと思っています。
ところで、目録を出すことで買い取りは増えますか?

 

池田■全然増えない。

 

中村■僕もないですね。

 

樽本■それでは仕入れはどうされてるんですか?

 

池田・中村■全部市場ですねぇ。

 

樽本■まだ市場に出ていますか?

 

中村■まだ出ていますね。しんどいよね。しんどいけど、全く出ていない訳じゃない。

 

池田■僕たまにお客さんの家に買いに行くこともあるんですけど、損するんですよ。いや、本当に。お客さんの所に行って高く買っちゃうんで、まったく向いていないと思う。

 

中村■目録のお客さんだと、こちらの付け値を知っていらっしゃるから。やっぱりそのあとの付け値もあるし、誠実な、ね。

 

池田■でも市場は入札っていくつか金額を書けるので一番下の時もあるし、一番上の時もあるし。よくね「一番下札よりその半分の値段で買え」って言われたんですよ、お客さんの所に行ったら。市場に出しても絶対儲かるように。ただ頭が、買い取りが少ないのでわかんなくなっちゃって、普通に入札している気で買っちゃうんですよ。そうすると思った以上に高く買って後悔するような感じがするのであんまりダメですね。

 

樽本■それはやっぱり無店舗の影響?やっぱりお客さんからの買い取りというのはあまり多くない?

 

池田■多くないですね。

 

小野■やっぱり買い取りは店があったほうが、店自体が一つの看板みたいになってる。

 

中村■あと専門があると、えらいワガママになっちゃうよね。これ欲しいけど、これはいらないって、お客さんの所に行ってそんなことで言っちゃって喧嘩になっちゃったりなんかして。

 

小野■全部持って行ってくれよ!ってね。

 

樽本■値段の付け方ってどうされているんですか?すごく特殊だと思うんですけど。例えば小野さんのサインものなんて。

 

小野■値段は僕がつけている訳じゃなくてお客さんがつけているんです。だってお客さんが、こういうのだったらいくらで買うって。野球が好きな人いっぱいくるじゃないですか。「こんなのありませんか?あったら十万でも買うんだけどなぁ」。そういう風に言って帰るお客さんがいるんですよ。だからって十万で買ってくれる訳じゃないんだけど。まぁ、あの人十万って言っていたから二万くらいつけとけば売れるかな?っていう、さじ加減はするんですが、割とお客さんとのコミュニケーションで値段をつけますね。「これは売れる」と思ったら全然売れなくって、そうすると値段を下げていくしかないじゃないですか。逆に「こんなもん」って思っていたものがバンバン出ちゃって「何これ?千円つけてたけど、一万円でもよかったんじゃない?」なんてことも出てくる。長い間お客さんと顔付け合わせてると、だんだん出てくることだから、だから僕は自分で値段を付けてるって意識は全然ないです。

 

樽本■お二人はどうですか?

 

池田■自分で付けてますねぇ。

 

中村■自分の売り買いの経験で自分のお店の価格体系を作っていく。

 

樽本■自分の価格体系を作るって大事ですね。

 

池田■価格体系っていうか、要は買って、それでつけますよね、とりあえず適当に、今スタートするとすれば。皆さんも本屋さんになったら、これいくらって付けますよね。それで売れる、売れないがあるじゃないですか、売れたのは成功ですよね。で、売れなかったのは失敗ですよね。ほんとに毎日それの繰り返しで値段を考えてますね。だから「日本の古本屋」でデータのあるものは、それはもちろんそれを見てだいたいこんなものだよね、っていうのはあるでしょうけど、無いものは付けて売れないと失敗ですから。例えば同じようなものがまた買えればこれは売れなかったという経験値、これは売れたという経験値、もっとつけても売れたっていう経験値、それの繰り返しのような気がしますね。だから市場でたくさん買えばその経験値は上がるかな。

 

樽本■いくらまで付けていいのかっていうのは迷わないですか。

 

小野■別に上限値は決まってないよね。つけようと思ったら一億円つけてもいいんじゃないですか。

 

中村■だからいいもの、高いものに値段をつける勇気っていりますよね。昔は思い切っても五十万円しかつけられなかったものが、ちょっとひどい飛び方ですけど、今だったら百万つけられる。昔は百万なんて商品に値段をつける勇気なんかなかったもんね、どんなにいいものでも。

 

樽本■今は?

 

中村■まぁ(笑)いまは経験でその勇気が少しづつ出てきたってことでしょうね。

 

樽本■目録で特集を組むって事はありますか?

 

中村■はい何回かやったことはあります

樽本■それは、初めに特集するテーマを決めておいて、それから本を集めるんですか?それとも本を集めている内に?

 

中村■例えば練馬区の石神井書林さん、小金井のえびな書店さんだとか、それから大田区の月の輪書林さんだとか、先行するすばらしい特集目録がたくさんあって、僕らそれに憧れたわけなんです。あの頃は、特集目録っていうのは本を売るための効果的な手段だったんですよね。例えばね、神田を一日まわれば見つかるような本も、地下の展覧会に行けばあるような本でも、それをその特集の中で、その文脈の中に置くことで新たな側面がみえてお客さんが新しい発見をして、そしてその本を買ってくれる。すごく本を効果的に売る手段だったんですよ。
あの頃はインターネットがなかったから。だけども、今この時代に同じようなことをするとね、その発見をしてくれたお客さんが一番最初にすることは検索することだよね。だからお客さんの発見が購買に結びつかないんですよ、今は。だから特集を作る動機自体がなかなか昔と同じようにはいかなくて難しい。昔は特集のために本を集めたら売れたんですよ。ものすごい伝説があるじゃない?特集目録が売れ過ぎて、お店から逃げてしまった店主さんとかね。もう注文が殺到して「もう嫌だ!」って。でも今はそんなことあり得ないよねぇ。

 

池田■僕は全然違って特集には興味ないです。全然憧れてないです。僕は普通に買った物を載せるだけです。まったく興味ないです。僕は一点ずつ、自分なりに「良い物」と思われるものを見ていて、お客さんもそう思っていると思う、どこかで。本屋が一つのストーリーを作っても、多分お客さんはそこから抜いていくわけですよ、お客さんにもストーリーがあるから。だから僕はお客さんの選ぶもので充分だと思っているので、自分でそんな物を作ろうって気は全くないので、今言った中村さんの思いというのは、あまり。

 

中村■僕も今ね、インターネット時代になってから目録の特集をやりましたけど、今作るとしたらね、何か一口物を仕入れたときに、今ある在庫を売る手段として特集を作ると効果的。

 

池田■うん、それはあると思います。

 

中村■昔はね、その特集のためにわざわざ本を集めていたわけですよ。

 

池田■うんうん、そうそう。

 

中村■それが効果的だったんですよ。数年前に「博覧会と議事堂」っていう特集をやったんだけど、それは戦前の博覧会史料を市場で買ったのと、それとは別に明治23年に二ヶ月間だけ存在した日本で一番最初の国会議事堂、火事で焼けちゃったんだけどその刷り物、石版画とか木版画とか市場で一口買えたので、その二つをうまく編集してさ、なんか近代史の一側面みたいなのを描けたらいいかなと思ってやったわけですけど。だからといって、その一口物以外に新しく本を買うと言うことは極力しないで、その時に入ってきた一口物二つだけで編集したので。だから先行する諸先輩方の一万点位載っているような目録は作れないから、千五百点くらいの小さな特集になっちゃった。

 

樽本■目録でいくら売るという目標はあるんですか?

 

池田■目録でいくら売れるかという目標がないわけではないけど、結構雑ですね。大体忘れちゃいますよね。売ることをあんまり考えていなくて、買うことの方を意識しちゃいますね、あくまで僕の場合ですけど。買える金があるのか、今。あればいいや、それがないとヤバイぞ。そんな感じでやってますけど。もちろん公費なんかだと、お金が入るのが何ヶ月も先だったりするので、次の目録が出た頃に入ってきたりする場合もあるので、それがまわってればいいやって感じでやってますね。
もう通帳とにらめっこです。入らないな、まだ入らないな、入らないなぁって。

 

今後よっぽど新しいことをしないと、
今の時代難しい

 

ここでご来場いただいた方からの質問

 

質問■三ヶ月から四ヶ月で目録を出すと言うことは、当然その間は相当在庫があるわけですよね。保管にはどのくらいの広さが必要なんですか。

 

中村■僕はマンションで二部屋借りていまして、あわせて三十坪弱ですね。

 

池田■うちは二十五坪です。

 

質問■目録を出したらばーっと注文が入って在庫もばーっとはけて、そして、また売れるものをちょくちょく集めていって、という感じですか。

 

池田■そうあって欲しいよね(笑)

 

中村■そんな目に見えるようには減らないんですよ、ね?

 

池田■総じて大きい物は売れないです、大きい物ほどダメ。豪華本みたいな、重くてデカイのはダメ。だから、売れるんだけどペラッペラ、というのが多くて。それは店でもあんまり変わらないですね。

 

中村■今は珍しい物しか売れないよね。いわゆる「イイ物・珍しい物」。お客さんの前でこんな話していいのかわからないけど、「イイ物・珍しい物」って苛烈な業者の争いの中で買っているので粗利が薄い。そういうものしか売れなくなったってことは、要するに収入が減ってるってことだよね。
昔はそうじゃない物も売れていたからなんとかやってこれたんだけれど、利益が薄くて、しかも数が少ないものしか売れなくなっているっていう。僕は「目録販売」という方法自体に危機感があるというより、古書販売自体に、ちょっと一抹の危機感を感じてますね。「イイ物が売れるんだからいいじゃないか」っておっしゃるかもしれませんが、それは利益が薄いのでそれだけ売れても正直、あまり商売にならないですよね。

 

池田■ぼく競争しなくても何でもやるから、競争しなくても売れる物を探しています、毎日。だいたい競争するものって売れなくない?

 

中村■概ねそんな感じではない?簡単に言うと「日本の古本屋」で出てきちゃう物って昔は目録で売れてたでしょ、でも今は売れないじゃない?

 

池田■それはそうね。

 

中村■はっきりいって経営の収入、売上げはともかく利益部分の根幹はそっちにあったんですよね。それが売れてくれたから商売を大きく出来たし、看板のつもりで利益が薄くてもいい物が買えた、と。粗利のある部分が売れなくなってきたのは、それはちょっとしんどいかなって、ほんとつくづく思います。

 

樽本■もしこれから入ってくる人達へ、同じような業態でやりたい、っていう人達の為に何かアドバイスってあります?

 

池田■だから、業者のアドバイスはダメなんじゃない?(笑)多分。

 

中村■そうだよね。僕らオールドスタイルだからもっと違う新しいやり方でね。

 

小野■僕は「これからネットの時代が来るから売れる」って、モチベーションがすごく高かったの。でも、今、僕がこの状況のなかで古本屋をやりたいかというと、やらないもの。ブックオフのせどりさえダメになったら「一体何をやればいいのっ?」って。仮に今、古書組合に入ったとして、専門分野といっても、このような大先輩方がいらして、もうガチガチにかたまってる。二十数年前と違って、今は成功するイメージが全然描けないもの、正直なことを言うと。当時はすごく儲かると思っていたけど、こんなにみんながネットに来るとまでは思っていなかったから、取り分はどんどん減っていって、挙げ句の果てに自分の生活までどんどん苦しくなる状況で。今後よっぽど新しいことをしないと、今の時代難しいんじゃないかなって思いますね。

 

質問■今この時代にネットではなくて、あえて紙の目録を出し続けている、ということは何かしらのメリットがあるのでしょうか?「目録が売れるので出し続けている」ということでしたが、長く業界にいらしてネット隆盛のなかで、目録も紙からネットへ主軸を移そうとは考えられませんでしたか?

 

中村■僕は人手があればホームページくらい持ってもいいかなって思いますけど、一人でやっていると目録を年三回作るので手一杯なので、目録がどうしようもなくなったら考えますが、今のところ幸いなことに余り変わりなく売れているので。

 

質問■ネットの販売より目録販売の方がより良い点というのを改めてお話いただけますか。

 

池田■「特定のお客さんとの付き合いがずっと続く」というところですかね。その方の買っているものがわかるし、それを仕入れることも出来るけど、ネットだとそういう関係性が作れない。作れるのかもしれないけれど作りづらい。「ネットが悪い」と言うわけではなくて、時間と手間とか色々なことに余裕があれば考えられると思います。
日々買って、目の前にある本を片付けるということに追われていて、色んな事を手広くやれるだけのゆとりはないんですね。目録がダメになったら考えますけど。

 

中村■別に信条があるわけではないよね。別に「目録主義」みたいなものを掲げているわけではないんですよね。ただ、余裕がないだけで。

 

樽本■でも楽しいんですよね?

 

中村■楽しいです。僕はこんなに楽しい職業に巡り会えてほんとに幸せだなって思います。

 

池田■あー僕はそこまで思えないな。(笑)

 

中村■いやいや、ほんとは生業のはずなんですけどね。要するに生活の為だし、家賃と借金を払うために働いてきているので。そう言う意味では「古本」ってただの商材なんですけど、ほんとにこれが面白いので、本当に幸せな事だなって思います。

関連記事