理事長がゆく

「和本リテラシー」の回復を 九州大学名誉教授 平成22年度文化功労者 中野三敏氏

小沼
ところで「和本」というものは、いったいどれくらいのタイトルがあるものなのでしょうか。
中野
おそらく二百万点は楽に超すくらいあるだろうと思われます。我々はどうしても刷ったものを中心に考えてしまいがちですが、江戸時代まではやっぱり書いたものの方が多いと思います。それこそ記録や史料など、冊子の形をしているもの、巻物も含めれば二百万点以上になるのではないでしょうか。そして、その七割は「写本」だと思います。出版されたものは約三割ではないでしょうか。ただ書いたものは一点きりですが、出版物は同じものが百も二百もあるわけですから、全体の数からいえば同じくらいかもしれませんが、種類という点からいえば絶対に写本の方が多いと思います。
小沼
そのうち、「国書総目録」で把握されているのは、いったいどのくらいでしょうか。
中野
約四分の一の五十万点位です。
小沼
そうするとまだまだ出てくる可能性がありますよね。
中野
山のように出てくると思いますよ。そもそも国書総目録は、全国の図書館から所蔵目録を集めて分類し、厳選された約五十万点を収録しているのです。そうすると図書館、特に大きな大学図書館でも、中央図書館のようなところの本はみな国書にありますが、その一方で旧帝国大学のように、各研究室で持っていた本はまったく収録されなかったのです。それと同じような事が全国の大学、特に戦前からあるような大きな大学でおこっているのです。これだけで考えても半分以上は抜けているだろう、というのが現在の常識的な認識だと思います。
小沼
そうしますと、国書総目録に掲載されていないものが、公的機関や古本屋を含めた市井に未だ相当数残っているということでしょうか。
中野
ええ、そうだと思います。それから日本の図書館の一番悪いクセですが、「同じものでも違うのだ」という観念がまったく無くなってしまったと思います。一冊あると「それはもうあります」と言われてしまう。先ほどの話に出てきた「異扱要覧」も、一枚刷りのものがあれば、写本は中味が同じはずだからもういらない、と除外してしまうのですよ。
小沼
版が違えばどこかが変わっている、という可能性はありますよね。題名だけで買ってくれないことは古書業界としても困っているところです。
中野
その点、外国の方は書誌学がより徹底していて同じ本でも違う、ということにきちんと着目していますね。もちろん全ての本に違いがあるわけではありませんので、違うという可能性をきちんと調査し明らかにしたうえで買うときは買う、ということになるのでしょうけれども。
小沼
書誌学しかり、図書館のシステムしかり、なんだか輸入物で日本に定着していないように感じます。そして私たちの商売の中で、図書館の役割とは何だろう、という根本的な問題にぶつかっています。日本にもこういうものがある、というのがありましたらぜひお聞かせください。
中野
江戸以前の写本の細かな書誌学というのは、戦前から概ねきちんと定着しているとは思います。しかし、現在の書誌学の基礎は中国から取り入れたのでしょうから、どうしても中国風書誌学というのがメインになっていると思います。特に出版物になりますと、日本の書物とはちょっとした食い違い、といいますか、記述の仕方に我々でも迷ってしまうところがありますね。慶應義塾大学附属研究所の斯道文庫さんのようなところが中心になってそのあたりを整理してくださるとありがたいのですが。
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