理事長がゆく

「和本リテラシー」の回復を 九州大学名誉教授 平成22年度文化功労者 中野三敏氏

小沼
 「くずし字」が読めなくなってしまったことで、自国の歴史をも手放そうとしている現状は、やはり国の主導で改善されてしかるべきだと、先生のお話をうかがって強く思いました。 最後に、「和本リテラシー」回復の重要性に改めてお願いします。
中野
皆さん必要なものはすべて活字になっているとお思いですが、せいぜい一〜二%しか活字になっていないのです。二百万点以上の本のうち、たったの二万点です。同じものが何度も活字になることはあり得ますが、それ以外の広がりということから申し上げますと一%。すると残された九十九%はこのまま失われてしまうのです。そういう状況はどこかで是正した方がいい、それが当然ではないでしょうか。価値を理解されないまま九十九%をこのまま失ってしまうのは勿体ないと思う事は当たり前だと思います。ですが、皆さんご自分も読めないので、なかなか声をあげてくださらないのが現状です。「自分も読めないけれど、やっぱり読むことは大事だよ」と、言ってくださればそれに超したことはないのです。ですが、ほとんどの方はそれが言いたくないのか、そこを一歩踏み出せないでいる。だから九割九分九厘までくずし字を読めなくなってしまったのでしょう。
小沼
私も読めないので言えませんが、それでも、気付いた時から勉強すればいいのでしょうね。
中野
例えばで井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉といったところは殆どのものが活字になっているので、これらの研究をする人は原本をみなくても、活字になっているものでだけで充分、ということになりがちです。江戸の専門家はそれでも原本をあたるでしょうけれど、今度は周辺を見ない。それから、よく科学といいますね、人文科学、社会科学、自然科学。科学という以上、どうしても細分化していくことが運命です。ですから私は人文学と主張しています。人文学というのは、人文科学、社会科学、自然科学の一段下の基礎にあるべきであって、その基礎を土台にし、それぞれの科学が立ち上がっていけばいいと思います。今までその基本をあまりにもないがしろにしすぎた。古本屋さんには立場、義務といってはなんですが、ぜひ人文学の部分を押さえておいていただきたいですね。自分の過去を思い出しても、学者は古本屋さんに育てられているようなものですから。
小沼
古本屋も先生方に育てられたと言えますよね。良い先生にめぐり会った古本屋は大きくなれますよ。 「古本屋が研究者を育て、研究者が古本屋を育てた。」残念ながら、そういう関係はだんだん希薄になってしまったように思います。「こういう本が欲しい。こういったものは、どうしたら手に入るのだろう。」と尋ねられる方もなんだか減ってしまったように感じます。これは和本に限らず古本全般に言えることだと思いますが。
中野
ネットで探せると思っているのかもしれませんね。
小沼
 そうなのでしょうか。昔は、育ててあげたい、という気持ちにさせられるというか、協力しましょう、という会話がなりたっていましたが、今はずいぶんと事務的になりましたね。双方がコミュニケーションをはかりながら、というのが私たち古本屋の望むところです。そのような方向にもっていけたらいいですね。商売は商売として、その中で研究者と古本屋、人と人、という関係がどうしたら打ち立てられるのでしょうか。よいお知恵がありましたらぜひ教えてください。
中野
 どうやったらくずし字をみんなが読んでくれるようになるのかも、逆にお知恵をおかしください(笑)。
小沼
本当に今日は為になるお話しをありがとうございました。
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