お店で本を売っていく方法
2016年「古書の日」
トークイベント第一部

2016年「古書の日」に「古本屋の〝これから〟について話そう」としたトークイベントが開催されました。二部構成とし、第一部では店売りを中心に商いをされている3店舗が集まり、「お店で本を売っていく方法」について話した。店で本を売る工夫、技術にかなり突っ込んで話を聞くことができた。
(司会:百年・樽本)
「古本屋になるためには」ではなく
「古本屋の続け方」
夏目 池袋の夏目書房です。店は九十年ほど続いており、私が四代目です。神保町のすずらん通りではボヘミアンズ・ギルドという店舗も営業しています。主な取り扱いは美術書、美術品です。
野崎 代々木上原で営業しているロスパペロテスです。店を始めて十三年目になります。今回のメンバーでは一番古株ですが、組合に加入してからはまだ四、五年しか経っていません。その時々で種類は変わりますが、昔からありふれた本を取り扱っていて、文庫、マンガ、雑誌といったところがメインになります。
加勢 下北沢のほん吉です。開業して九年目になります。以前は吉祥寺のよみた屋さんで働いていました。もともとはサラリーマンで毎日のように仕事帰りは古本屋に足を運んでいたのですが、水が合ってそのまま古本屋になったような気がします。店は「なんにもないけど、なんでもある」という感じです。
樽本 フェミニズム関連が充実してますよね。
加勢 そうですね、社会科学関係とか。でも文庫もマンガもありますよ。
樽本 よみた屋さんの棚に近いかなっていう印象も受けますけど。
加勢 それはきっと什器が同じだからじゃないかな(笑)。商売の仕方は似ているかもしれないけど、アイテムはかなり違いますよ。
樽本 今日話したいのは「古本屋になるためには」ではなく「古本屋の続け方」です。
その気があれば古本屋には明日からでもなれますが、続けるのは本当に大変です。僕自身も十年やってみて、はじめた頃よりも今のほうがずっと厳しさを実感しています。それでも古本屋の仕事はすごく楽しいし、これからも続けたいと思うんですよね。開業を考えている人にとってもどうやったら古本屋を続けられるのか、そして自分の店の十年後、二十年後をイメージすることは大きな意味を持つはずです。今日のトークイベントをきっかけにそれを考えてもらえたら幸いです。
それではさっそく続けるためにはどうすればいいのかっていう話ですが、僕の場合は「文脈作り」ということを強く意識しています。うちの店がどんな系譜で成り立っているのか、吉祥寺という街にあってどういう位置にいるのか、人からどう見られたいのか、そんなことを考えながら店を作っています。本のセレクトは当然そういった事柄によって決まってきます。
夏目さんは神保町でお店をやっていますが、失礼な言い方になるけれど、外から見た神保町というのはとても閉鎖的な場所に感じます。古本屋になった今でもその印象は拭えません。神保町から見れば中央線だって同じかもしれないけれど、でも夏目さんはそうした空気から外に出ようとしている気がして、それも一つの文脈作りだと思うんですよね。
夏目 確かに神保町は老舗や専門店が多いので、どうしても敷居が高いというイメージを持たれてしまいます。ただ古本以外の魅力を求めて神保町にやってくる人も増えているし、学生も沢山います。もちろん本を探しにやってくる人は世界で一番多いはずだから、どういう人に見られても入りやすい店だと感じて欲しいですよね。商品は手に取りやすいものから版画や肉筆作品まで色々あるけれど、雰囲気や価格帯も含めて誰にでも興味を持ってもらえるような店作りを意識しています。
樽本 お二人は神保町をどう見ていますか?
野崎 古本屋巡りが好きなので神保町もよく行きましたが、ボヘミアンズ・ギルドはそれまでの神保町にはない本の集め方、置き方をしていて衝撃を受けました。しょっちゅう棚を見に行って「こういう手口があるのか!」と勉強させてもらいましたね。
加勢 美術をやっていたので源喜堂さんにはたまに行ったけれど、古本屋になる前はほとんど知りませんでした。基本的に他人の店にはまったく興味が無くて、開業する前には「いつも行く店以外も見ておかなきゃ」と神保町を一回りしましたが「すごいなあ……」っていうくらいで。
樽本 夏目さんのお店は神保町でもかなり異質ですけど、その辺りは意識されていますか。
夏目 異質かどうかはわかりませんね。神保町で働いている上で持っている気持ちは他の本屋さんと変わらないと思います。ボヘミアンズ・ギルドは父が始めたのですが、神保町にある敷居の高さを取り払って、誰でも入りやすい空間にしたかったとは言っていました。
樽本 池袋と神保町とではお客さんに違いはありますか。
夏目 池袋の店で働いていたときに感じたのは一冊の本を売ることの難しさでした。文庫やマンガはどんな場所でも需要があるだろうけど、美術書は欲しい人が決まっています。神保町は勝手にお客さんが集まってくれるし、特定の本を探している人も多いから、値段さえあえば誰かが必ず買ってくれる。それだけ在庫の確保が大変になるけれど、池袋では集めてから売るまでにとにかく苦労しましたね。
樽本 街によって売る本は変わってくるだろし、「何を売ったらいいのか」っていうのはすごく難しい問題ですよね。野崎さんはどうお考えですか。
野崎 店も住まいもずっと代々木上原ですが、「自分が好きで買っていた本を並べても売れない」という実感はあります。例えば市場で田中小実昌とか小島信夫が出たりすると嬉しくなって頑張って落札する、けれど棚に並べても自分がそれを古本屋で探していた頃のようには動かないんですよね。そこを求めるお客さんを作る努力もしていきたいけれど、本来的にお店というのはサービス業であって、お客さんが欲しい本を手に取りやすい位置に並べるのが本分だと思うんです。
樽本 こちらが売りたいものと売れるもののギャップをどう埋めるかっていうことですね。
野崎 結局店の品揃えは来るお客さんによって決まるわけで、美術書が好きな人が多ければそこに力を入れますよね。買取の半分以上は美容系とか自己啓発とかビジネス書です。「どうして文学が集まらないのか!」と悩んだ時期もあったけれど、売りたいものは市場で買えばいいし、そういうものだって「本」であることに変わりはありません。今は売れるなら自己啓発でも文学でも何でもいいと割り切っています。
残ったものをどう売るか
樽本 ほん吉さんのフェミニズムとか社会科学はかなり堅い本もあるけど、売れるんですか?
加勢 売れますよ。
樽本 でも専門店にはしてませんよね。
加勢 読者としては一冊ずつに思い入れがあるけど、この本を売りたいとかこの作家を勧めたいっていう気持ちはないんです。もちろん売れる/売れないの判断はします。
店を始めた頃に「詩集の棚はないの?」とお客さんに聞かれたことがありました。詩集は少しだけしか置いていなかったし、あまり詳しくなかったけれど、とりあえず市場でカーゴ何台も買って棚に全部並べてみたんです。でも全然売れない。だから市場に戻してしまって、また違うものを買うっていう作業をしました。それを続けていくとお客さんが惹かれるものがわかるようになって自然と品揃えも良くなります。すると今度はいい本を持ったお客さんがやってきて「あなたに譲りたい」と言ってくれるようになるんですよね。私はそういう人を「天使」と呼んでいますけど、棚がグレードアップすることで別のお客さんが注目してまたいい本を譲ってくださる、その繰り返しです。
細かい理想は色々あるけれど、「まともな本が沢山置いてある」っていう条件をクリアするのが先だと思っています。オシャレにしないのは最初から決めていましたが、近所の人と外から来る人の様子を見ながら、それぞれの希望を少しずつ入れていく感じですね。
樽本 とりあえず試すっていうのは店をやっていく上で大事な作業ですね。成功したらそれを続ければいいわけで。試してダメだった経験はみんなありますよね。
夏目 本当に失敗ばかりですね(笑)。僕は大学を卒業してすぐ業界に入りましたが、それまで本をほとんど読んでいませんでした。いい本がどれかもわからないので最初は均一しかやってなかったけれど、そこで痛感したのは「百円でも売れない本はいっぱいある」ことです。どう考えても安いはずなんだけど、自分だっていらないものは百円だって買わないんだから当たり前だなって。
でも市場で「これはちょっといいな」と思って仕入れたものが平気で一年とか残っているとイラッとはします(笑)。ただそれを失敗と捉えるのではなく、残ったものをどう売るかが大事です。みんなが注目しない商品にどう付加価値をつけていくのか、「こういう理由があるからこの値段で売る」っていう基準を自分の判断で決める、それが古物を扱う商売の醍醐味だし楽しみでもありますよね。
樽本 うちはツイッターやホームページで商品を紹介しているけど、自分の価値付けをどうやってアピールしていますか。
野崎 毎日棚を見て一日一回は全ての本を触るようにしていますが、「この本はあの本と並べたほうがいい」と思えばジャンルを無視して動かします。僕らはいつも棚を見ているからどこに何があるかを把握しているけど、お客さんは自分の好きなところを中心に見ているので気づいていない本もある。だから「あの人はこれが欲しいはずだ」と特定のお客さんに向けて本を並べたりもします。
樽本 棚の編集をするだけで売れ方がだいぶ変わりますよね。
加勢 私も棚の並べ替えはよくやります。たまにスイッチが入ってばばっと一気に替えてしまうこともあるけど、一冊ずつというよりはかたまりごとの並べ方というか、店に入ってきたお客さんの動線を念頭に考えています。
十年前と今ではだいぶ状況も変わったけれど、ジェンダーの本が沢山ある店はないし、単純にみんな知識が乏しい。実際に困っていてもそういう本の存在を知らない人だっているわけで、棚を通り過ぎる少しの間でもいいから、視界に入れたい。売上にはすぐつながらないけれど、「それがそこにある」と認識してもらえることを重要視しています。
左から、夏目書房・夏目、ロスパペロテス・野崎、ほん吉・加勢、百年・樽本
見切りを付けるまでの時間
樽本 在庫管理は古本屋の大きな悩みですが、夏目さんのところでは店に出していない本はどれぐらいありますか。
夏目 倉庫はありますが、確実に売れない全集なんかを置いているだけで基本的には全ての商品を店に出しているし、美術品も含めてインターネットにも掲載しています。千円以下の本は店内には並べず、均一か古本まつりなどの催事用にしていますね。
樽本 在庫は持ちたくないですか?
夏目 場所代のほうが高くつく気がするから、できれば持ちたくはないかな。
野崎 うちは倉庫もないし、仕入れたものはすぐに値段を付けて並べてしまうので在庫は棚にあるだけです。少しずつ集めたものをタイミングを見計らって出すことはありますが、やっぱり在庫は抱えたくないし、店のなかにもなるべく置きたくないと思っています。八百屋さんみたいにその日に仕入れてその日に売るのが理想ですが、売れなければ市場に出せばいいし、また自分が欲しくなったときに買えばいい。専門分野によっては在庫を持つ必要もあるでしょうけどね。
樽本 組合に入る前とでは在庫管理に変化はありますか。
野崎 特に変わりませんが、市場に出せないので、仕入れた本は責任を持って自分で売らなきゃいけないのはきつかったですね。昔は一か月で売れない本はダメだと思っていました。毎日来てくれるような人もいるわけで、常連さんが一通り見た後に動かないなら、それは自分の揃え方が間違っているんだと。でも後から気づいてくれるお客さんもいるし、この間ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったけど、何かのきっかけがあって棚が動くこともある。僕はボブ・ディランをしつこく買い続けていましたけど、誰かが亡くなったり賞を取ったりするとその存在を知るきっかけが生まれる、そういうときに在庫は意味を持ちますよね。
加勢 私は買取の品物がばーんと来ても市場でまた買ってしまうんです。買うのがやめられなくて店には作業しきれない山がいつもあります。それを少しずつ崩す、またその上に新しい本が乗っかってくるという繰り返しです。
少し実践的な話をすれば、本を仕入れたらすぐに店で丁寧に売るもの、均一品、展覧会で売るもの、ツブしてしまうものというように一気に分けてしまいます。すでに商品として棚に並んでいる本については、あまり時間がたってなくてもすぐクビにすることもあります。ずっと売れないものであっても、いつ手に入るかわからないとか店として置いておかなければならないと思えば何年でも残します。見切りを付けるまでの時間は考えてコントロールしていますね。
どんな場所だって本を好きな人は必ずいます
樽本 来場者の方から「都心ではなく地方で新たに店舗販売を始めて経営が成り立つか」という質問を頂いています。地方でなくても都内のマイナーな駅や文化度が低い街でどう営業していくのかというのは同じ問題ですよね。
野崎 古本屋に限りませんが、最近はある程度の規模の地方都市では東京っぽい店が増えていますよね。以前はその土地に根付いている独特の空気が覗えたけれど、今はもう東京とそれほど変わらない。そういう雰囲気のなかで東京の形をそのままトレースして古本屋をやるのはかなり難しいでしょう。
いわゆる街の古本屋として経営が可能かという質問であれば、東京でしか経験がないので責任は持てないけれど、どんな場所だって本を好きな人は必ずいます。東京っぽいことはせず、SNSで取り上げられているような情報に流されず、その土地に必要とされている本を地道に集めて売っていく、熱心にそれを続ければ十分やっていけるのではないでしょうか。
夏目 大抵の店がインターネット販売を行わないと成り立たないのが実情で、それは東京でも地方でも変わりません。ネットは絶対に必要だと思います。神保町は特殊だけれど、店作りに関してはどこだって地域の人に受け入れられなければいけないという点は共通しているし、お客さんのニーズに応えるのは当然ですよね。
樽本 ファンの増やし方がとても難しいと思っているんです。うちは十年前からイベントをやっていて本屋としては先駆けだろうけど、今はやりつくされた感があって差異化ができない。
野崎 雑誌に取り上げられても昔ほど食いつきがよくないですよね。ちょっと前は街とか古本屋の特集で掲載してもらえばそれを見た人が店に来てくれたけど、今はあまり反応がない。
樽本 他店との差異化についてはどうですか。
夏目 店をオシャレにするみたいなことは考えていなくて、やっぱり商品が第一です。いいものを揃える作業を一貫して続ける、そうすればお客さんはついてくると思う。ピカソの版画のような高い商品があれば、それを見たお客さんがピカソに興味を持って本を買っていく、そういう店にしたいですね。
加勢 お客さんが来たときにがっかりさせたくないっていう焦りがあります。だからしょっちゅう棚を触っているんですけど。能力的にイベントもできないし、ネットで商品を紹介しても売れてしまえば他の人が買えなくなってしまうので宣伝活動はほとんどしていません。自分でそれをできないことはわかっていたから、広告代込みと考えて人通りの多い場所に物件を借りました。
個人的には宣伝よりも口コミの方が効果的だと感じています。棚を入れ替えると同じような趣味のお客さんが続くことがあって、きっとその人たちの間で「こういう本があった」っていうやりとりが交わされているんですよね。漠然とした「お客さん」のニーズは把握できないし、そもそも一冊ずつしかないから応えられない、それよりも目の前にいる一人ひとりに向き合っていく、その積み重ねです。
樽本 ものがあるからお客さんは来るんでしょうか。いい商品が揃っていてもつぶれる店は沢山ありますよね。
夏目 無茶をしないことが大切じゃないですかね。いいものが高いとは限らないけど、高くなりがちっていうか、市場でも競争が激しくなります。無理して高く買っても利益は少なくなってしまうので、身の丈に合った、自分のできる範囲で商売をするべきだと思います。
樽本 お客さんにその店の身の丈を知ってもらうのは大事かもしれないですね。自分と近い感覚の人が店をやっていると伝われば共感してもらえるし、買取も増えるだろうし。
野崎 無理やり店を大きく見せても仕方ないですよ。僕はなるべく商売を大きくしないような方法を考えています。少し前に初めて月給の社員を雇って自分だけの店じゃなくしてみようとチャレンジしましたが、身の丈に合ってないと感じました。その人は辞めることが決まっていたので今はアルバイトを雇って、市場に行くときや今日みたいに用事があるときに店に入ってもらっています。
僕はずっとネット販売もせずに店でしか本を売っていません。組合に入ってからは店では扱えないために断っていた買取を市場に出せるようになったけれど、それは売上とは考えていないんです。催事も去年でやめてしまいました。店の売上げが本分というか、それだけで成り立たないなら商売は続けられないと思っています。開業を視野に入れている人は「店でこれだけ、ネットでこれだけ……」と売上を想定しているだろうけど、それは絶対に皮算用なんですよね。どの販路にせよ柱を一つ作っておいて、余裕ができたら徐々に店の規模を大きくすればいいんじゃないですかね。
樽本 店のなかで自分の色を出してますか?
夏目 勝手に出ちゃうんじゃないですか(笑)。
樽本 それぐらいでいいのかな。「これは俺の店だ!」って思いっきり主張するのはかえって嫌がられるかもね。
加勢 「お客さんに見せたいお店の魅力とは?」っていう質問を頂いていますけど、本人と同じで「こう見られたい」というのはすごく難しいし続かないですよね。だから自分にできることをやっていくしかないし、自動的に自分の色が出てしまわないのであれば、向いてないと思います。

市場は本の売買だけではなく
様々な情報が集まってくる
樽本 質問をもう一つ紹介します。「古書店を始めるにあたって、具体的な指導や相談相手など、頼りになる人に恵まれましたか?」僕はいなかったですね。人づてで西荻窪の音羽館さんに相談に乗ってもらったけど、一人でなんとなく始めたっていうか。夏目さんは沢山いますよね。
夏目 父が古本屋ですからね。市場で働かせてもらうようになると周りは二代目、三代目が多いから境遇も似ていて、あれこれ相談もできるし友達みたいな付き合いにもなります。市場に携わるようになってから古本屋の仕事は楽しいと感じました。
樽本 知り合いの古本屋がいるのは心強いですよ。
夏目 横のつながりがとても強い世界だから馴染むのが難しいところもあるかもしれないけれど、僕は夏目書房の息子ということでかわいがってもらえたし、先輩ともすぐに顔見知りになれましたね。
野崎 僕も勝手に商売を始めたようなもので、わからないことがあれば他の店を見に行って勉強しました。馴染みの古本屋はいませんでしたが、仕入れのためにせどりをしているとそのうち顔を覚えられるんですよね(笑)。荻窪のささま書店さんにはよく行っていて本の並べ方や値段の付け方を教わったようなところもあるけど、そのうち店員さんと仲良くなって飲みにも行ったし、組合加入を考えたときも相談に乗ってもらいました。
横のつながりっていう話が出ましたけど、市場は本の売買だけではなく様々な情報が集まってくるんですよね。誰が何を売って何を買ったのか、どういうものを欲しがっているのか、そういうことがわかってくる。夏目さんの市場での売買を見ていれば、店に行かなくても神保町がどうなっているのかがなんとなく見えてくる。そういう同業者から得られる情報も商売をする上で大きなプラスになります。
樽本 ほん吉さんは修業してよかったですか。
加勢 そうですね。「古本屋ってどうやって食べているんだろう」っていうのが気になって働いてみたんだけど、仕事がとにかく水に合うっていうか、頑張らなくてよかったんですよ。今まで本屋に通ってきたことがそのまま役に立つし、本とは関係のない人生のなかでの出来事、苦しかった体験、そういう自分の持っている要素がすべて活きてきます。
よみた屋の社長も今日みたいな講座をよくやっているので修業中は聞いてみたいといつも思っていました。店の仕事があるから行けなかったけれど、でも言葉で教えてもらったことって意外と覚えてないんですよね。それよりも重要なのは観察だと私は思っています。
例えば仕事をしているとトラブルは必ず起きるけれど、それを解決するための具体的な答えよりも「この人はこんな対応をした」「その結果こうなった」、それを見ておくことが大切です。そして色々な事例を自分のなかに蓄積していく。問題が生じたときに責任者が鷹揚にしているか、あるいは責任者自身が素早く対応をしていたのか、それで事の重大さがわかったりもします。「見覚えがある」というのはとても意味があって、しっかり見ておきさえすれば目の前でトラブルが起こっても「見てきたこと」が呼び起こされて応用できます。
もっとあさっての方を見続ける
ここからご来場のお客様からの質問。
―― 修業の経験はまったくありませんが、開業を目指して準備を進めています。お客さんからの買取があるのか、あっても査定した価格に納得してくれるのかということが心配ですが、お店を始めた頃はどう感じていましたか。
樽本 新刊書店で五年ほど働いていましたが、やっぱり買取は不安でした。ネットで調べて値段をつけたりしましたけど、どの情報が正しいかどうかもわかっていなかったので高くも安くも買っていたはずです。適正な価値を見定める必要はありますね。
野崎 欲しい/欲しくないはもちろんありますが、店舗を構えていれば買取は来ると思います。自分の店でいくらで売るのかを考えて買取価格を決めるわけですが、扱わないものであっても市場に通っているうちに他の業者がどんな値段をつけているのかわかるようになります。僕も昔は適正な買取価格をつけられないこともありましたが、店と市場とネットの情報を集めれば、今は大抵の本は正しい価値に近づけます。
樽本 お客さんにとっては価値があっても業界的にはそうでないものがあるわけで、それを納得してもらえるだけの説得力がないとダメですよね。
組合主催のイベントだから言うわけではないけど、組合に入ってないお店に行ってセレクトされた本を見ると、「この本にこんな値段をつけるのか」とガッカリすることが多いんです。だいぶ遅れているっていうか、今の値段ではない感じがするし、単純に高く付けすぎている場合もある。市場に行けばその本が実際にどれだけ流通していて、いくらで取引されているのかがわかるだけに余計に強い違和感を覚えます。
―― 私も含めて友人のなかにはこれから古書を扱おうと考えている人、すでに扱っている人もいますが、組合に加入するという選択肢がありません。メリットはわかるのですが、ネックになるのは加入金で「五十万円は出せない」と口を揃えて言います。昔と金額は違うのかもしれませんが、皆さんは迷いなく加入されたのでしょうか。
加勢 開店に際してはまとまったお金を思い切って使わなければいけないけれど、その内訳を考えれば加入金はたいした額ではありません。それを気にするなら内装をケチったほうがいですよ(笑)。お店を開けて「何でも買います」と言えばお客さんは本を売ってくださいますし、真面目に受けていれば必ず続いていきます。そうすれば加入金ぐらいすぐに回収できますよ。
野崎 辛辣かもしれないけど、加入金をネックと考えて組合に入らないというのは商売をする感覚からずれていますよね。確かに五十万円は大変な額に感じるかもしれないけど、商売というのは普通に働いて給料をもらうのとは違ったお金の動かし方をするわけだから、その意味や必要性を考えなければいけない。
たまに開業を考えている人の相談を受けるのですが、みんな家賃を抑えようします。「狭くてもいいから十五万円以内がいい」とか言う。でも店に来てもらえなければ何にもならないわけで、店舗営業なら一番お金をかけるべきは家賃ですよ。
夏目 市場があると本当に助かります。店をやっているとどうしても在庫過多になる。お客さんが持ってきた本を「これだけ欲しい」なんて言えないし、必要なものは一割もなかったりします。その使えない本を倉庫に寝かせておくのか、捨ててしまうのか、選択肢はいくつかあるけれど、市場に出すのが一番手っ取り早い。売れればすぐにお金なるし、沢山出品してもそれほど経費はかからないですからね。
加勢 樽本さんの言った「差異化」とか「文脈作り」が来場の方々にどんな風に理解されているかわかりませんが、そういうことは考えないでもいいと思います。自分にできることしかできないのだから、他店との比較や世間が求めていることよりも、「理想を実現するためにはどうしたらいいのか」っていうことを最優先にするべきです。すでにある店と競争したり対抗してもしようがないと思う。もっとあさっての方を見続けるっていうか、ニーズなんか考えず好き勝手にやったほうが絶対にお客さんは来ますよ。
野崎 昔は古本屋に行くといいところばかりが目について、自分の店の悪いところが浮き彫りになるようで苦しかったですね。自分のやりたいようにやればいいと思えるようになってからは、いいところは参考にはするけど気負うようにはならなくなりました。



